プライベート・ホームページの楽しみ

プライベート・ホームページの楽しみ



 三十七年間の記者生活をリタイアしてからホームページをづくりを始めた。2年まえのことである。長年書く仕事をしてきたので、自由に思うことを書き続けたいという思いが募り、プライベート・ホームページをつくることを思い立ったのである。

 あえて「プライベート・ホームページ」と呼ぶのは、アクセス件数を誇るつもりがなく、親しい友人やかつての同僚など限られた人たちに近況代わりに読んでもらえればよく、内容も私個人の日ごろの見聞や感想に限りたいと考えたからである。だから検索サイトにも登録していない。それでもアクセスは二年間で八千件を超えた。

 最初は無料のホームページを利用した。これだとホームページ作成の知識がなくても文章を書き込むだけでよかった。しかし、始めてみると、サーバーの容量や各項目の字数が制限されていて、しだいに不満が出てきた。それで契約しているプロバイダーの、自由に容量と項目設定ができるサーバーに切り替えた。

 自分でホームページを作るにあたっては、お金をかけないことを第一条件にした。そこで「無料でつくるホームページ入門」といった解説書を一冊買ってきて初歩を勉強し、市販のソフトは一切使わず、ftpソフトもエディターもフリーウエアですませた。だから、かかったお金は、プロバイダー契約料と光ケーブルの電話料金を別にすると、最初に買った本代だけである。いまのところサーバー料金も無料である。

 タイトルは「寥川亭通信」。「蓼川」は二〇〇四年の台風23号の水害に遭った私の郷里、兵庫県豊岡市を流れる円山川の別称である。ふだんは穏やかな悠々たる流れだが、あの台風では堤防が決壊し、町の九〇パーセントが浸水した。

 現役時代はほとんどを文化部記者として過ごしたので、内容は文化的なものが多い。政治や国際情勢に関心はあっても、天下国家を論じることは自分の任ではないと思っている。サブタイトルを紹介すると、「交遊閑語」は記者時代に知り合った作家や映画監督、芸術家などとの交遊録、「音楽夜話」は好きなクラシックのコンサートやオペラの感想、「読書四方山話」は読書録だが知友の本が多い。「低山歩きもまた楽し」はリタイア後に始めた山歩きの山行記、「旅は道連れ」は旅行記である。「美術の散歩」「随筆」は説明の必要はないだろう。要するに、気ままな趣味の集成なのである。

 毛色の違うのが「与那国島サトウキビ刈り援農隊(援農舎)」。一九七六年から毎年、友人とともに全国の若者に呼びかけて、日本最西南端の過疎の孤島、与那国島でサトウキビ収穫の手伝いを続けてきた援農隊のページである。援農隊には作家の立松和平さんも参加してくれた。これについてはこのほど拙著「与那国島サトウキビ刈り援農隊−私的回想の三〇年」を沖縄の出版社ニライ社から出版した。これを書くことができたのもホームページの成果である。

 山やコンサートに出かけたりする用のないときは日がな一日パソコンの前に座っていることが多い。それが私の楽しみである。写真も少なく、文章が中心であるが、愛読してくれている京都の友人が自身のホームページで「見事な思想史が随所に宿っている」などと持ち上げてくれるとたわいもなく喜んでしまうのである。

(「早稲田学報」2005年2、3月合併号掲載) 【注】私のこのようなホームページを最近は「ブログ」というらしい。

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Last Update:2005/02/15
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