随筆

与那国島と台湾・花蓮



 与那国島の外間町長が年末に台湾を訪問し、姉妹都市提携をしている花蓮市などを訪ね、「国境交流事務所の開設」「災害等相互支援協定」を提案したところ、花蓮市側から熱烈に歓迎され、与那国からの提案に全面的に協力するという回答を得たという。

 与那国町によれば、蔡啓塔・花蓮市長は「台湾との交流についての町長の考えを支援したい、100%乗りたい。形式でなく実行することが大事だ。交流は、那覇を経由しないで直接交流をしたい。台湾の政府はお互いの交流・支援のためのことに邪魔はしない。歴史の第一歩になるよう連携しよう」と積極的な姿勢を示したそうだ。たいへん嬉しいニュースである。

 与那国町は昨年、「与那国・自立へのビジョン」を策定し、「国境交流特区」を内閣府に申請した。これは花蓮市との間でフェリーの直接往来や航空路の開設をめざすものである。

 日本の西の果ての孤島、急激に過疎化が進む人口1700人のこの島が、島の生き残りと夢をかけて動き出したのだが、特区申請については昨年10月、所管省庁からの回答は「特区では対応不可」というものだった。これはきわめて残念なことである。

 そもそも小泉首相が提案した「特区」は、本来、役所レベルでは法律に縛られて実現できない地域活性化のアイデアを、政治判断によって可能にし、それぞれの地域特有の条件を考慮して活性化の実現をめざそうという政策である。

 この構想に各地は多いに勇気づけられ、さまざまなアイデアが提起され、動き出しているところも多い。ところが、国の役人はこれを推進するどころか、厚い壁になって立ち阻んでいる面が出てきている。「地方でできることは地方で」という小泉首相の言葉に期待する地方のやる気を役所が阻んでいるのである。

 そこで、与那国は「国境交流特区」をなんとしてでも実現したいと運動を続けながら、具体的な活動として、町長自ら台湾を訪問、花蓮市に「国境交流事務所の開設」「災害等相互支援協定」を提案したのである。交流事務所の開設は、両者の交流をさらに緊密にするものだし、国境を越えた都市間の「災害等相互支援協定」は他に例のないアイデアで、人道的な面から見ても注目に値する考え方だと思う。日本政府の対応に比べて、台湾の反応がこれほど篤いことをどう考えればよいのだろうか。

 それから、これまで与那国島は台湾の防空識別圏下にあるとされてきたが、台湾は与那国島を台湾の防空識別圏からすでに外しているという。防空識別圏は空の国境とも言ってよいものだ。日本政府は自国の空の国境に対してなんとも無関心で、これでは本当の意味での独立国とはいえない。与那国島をそういうふうに放置しているところにも日本政府の姿勢がうかがわれる。

 与那国島の人々は日本政府が親身になって島のことを考えてくれないなら、自分たちでやっていこうとまで思っている。30年以上、与那国島の人々と付き合いをさせてもらってきて、いま島の人たちがこのような方向で動き出したことに、私はたいへん感銘を受けている。かつて与那国島は自由に台湾と交流をしてきた。ドゥンタなど与那国島の伝統文化にはその痕跡が今も受け継がれて残っている。与那国島が台湾と交流したいというのは、地理的に見ても当然のことである。今回、与那国から台湾に提案したこと、そして、これに全面的に共鳴し、一緒にやっていこうとの考えを表明した花蓮市の人々にも強い感銘を受けた。 (2006/01/08)

 感想などをメールでいただければうれしいです。メールはこちらまで。

Last Update:2004/10/19
©2003 Masayuki Fujino. All rights reserved.