オリーブの歌
オリーブの歌
アテネ五輪の17日間を扱ったNHKの特別番組「オリーブの歌」(30日午後7:30−9:00)はなかなかよい出来だった。大会期間中は、マスメディアも日本選手の活躍に目が行って、外国の選手についての話題は少ない。またギリシャという国についても、古代オリンピック発祥の国であるとか、第1回近代オリンピックが1896年に開かれ、今回が108年目であること、また、オリーブがギリシャでは神聖な木、平和のシンボルとして受け止められ、古代オリンピックの勝者にオリーブの枝の冠が授与されたことぐらいしか言わない。
この番組では、ギリシャが先の大戦でナチス・ドイツ軍に侵攻され、戦後も内戦で同じ国民同士が戦ったこと、さらに1967年の軍事クーデタによって7年間の軍事独裁政権下にあったことにも目を向けた。私の好きなギリシャ映画「その男ゾルバ」の音楽を担当したミキス・テオドラキスが音楽でそういう状況に抵抗したことにも触れている。
外国選手については、大会中テレビで丹念に追っていた人は見ているのだろうが、私には大会中はわからなかった感動的なエピソードも数多く扱われていた。
最終日の男子マラソンで沿道の観覧者の妨害にあったブラジルのバンデルレイ・デリマ選手が、そのために調子を崩して3位になったことに対して「ギリシャの皆さんが励ましてくれた。ありがとう」と語ったこと。ブラジルではギリシャの警備のずさんさを批判し、彼に金メダルを与えるべきだとスポーツ仲裁裁判所に提訴する意向だそうだが、デリマ選手のこの態度の方が立派である。
ロシアの男子体操の鉄棒選手アレクセイ・ネモフ選手は6つの難度の高い連続技を演じたにもかかわらず、得点は前の選手に比べて低いものだった。これに異議を唱えるギリシャ人観客が大声でブーイングし、それが延々と続いた。そのために次の米国のポール・ハム選手が演技に入れない。ネモフ選手は台に上がって観客に手を挙げて静まるように求め、やっと演技が再開された。結果はネモフ選手は5位でハム選手は銀メダル。このネモフ選手の態度も素晴らしいスポーツマンシップであった。
男子重量挙げ85キロ級ギリシャのピロス・ディマス選手は大会の1週間前、練習中に右手首を痛めての出場だった。ジャークで202.5キロを成功し、世界記録を目指して207キロに挑戦したが、失敗し銅メダルに終わった。ところが、観客からは失敗した彼に「ディマス、ディマス」と叫ぶ声援をこれまた延々と送り続けた。これにはディマス選手の方が驚いた。その表情が映像にはっきりと捉えられた。「銅メダルに終わった自分に、あれほど大きな賛辞が来るとは。金メダルを取ったよりも幸せだ」と彼は語った。
タリバン政権によって女性が不当に虐げられていたアフガニスタンからただ1人、女子100メートルに出場したロビーナ・ヤール選手は1次予選6組で7位だった。タイムは14秒14。幼いころから走ることが好きだった彼女は2年前のアフガン解放でやっと走れるようになり、五輪に出場できたことを心底喜ぶ晴れやかでさわやか表情が印象に残った。
今回のアテネで私がもっとも印象強く思ったのは、日本人では女子マラソンの野口みずき選手であり、外国では男子サッカー4位のイラクである。
野口選手はだれもが知っているので触れないが、イラクのサッカーチームがこれほどの活躍をするとは事前にだれが予想したであろうか。緒戦で優勝候補のポルトガルを破り、準決勝に進出というのはまさに快挙である。
このイラクチーム18人は結成されたものの、戦火のために練習するグランドさえなかった。バグダッドのサッカースタジアムは米軍の基地になっていた。指導をしたのは米国人である。選手にはシーア派あり、スンニ派あり、クルド人ありという政治的には相容れない立場の人たちの混成チームでもある。選手のなかには親族がファルージャなどで殺された人もいる。兄弟が米軍に捕らえられ獄中にある人もいる。そういう人たちがいっしょになって、同じ目的のために向かって行ったのである。
練習場所は戦火のやまない自国内にはないから、サウジアラビアやヨルダンなど近隣の国をまわってグランドを提供してもらったそうだ。イラクチームが勝った夜はバグダッドの市民は一瞬戦争を忘れて喜びに浸った。
男子柔道66キロ級、イランのアラシュ・ミレスマイリ選手は2001年と昨年の世界選手権の覇者である。彼は1回戦でイスラエルの選手との対戦を拒否し、棄権した。パレスチナの人のことを思うとイスラエル人とは対戦できないと思ったと語っている。国際柔道連盟(IJF)は、計量時に体重オーバーで失格となり、イスラエル選手との試合を棄権したと説明し、ミレスマイリ選手を処罰しないことを決めたが、イスラエルはこれを不服とし、IJFに抗議する意向を示している。ここにも政治の影があることは疑いないが、ミレスマイリ選手のこの態度には、本来なら処罰の対象とされる政治的な棄権だとする見方が強い。
もうひとつ、見ていて悲惨なほどの衝撃を受けたのは英国の女子マラソン世界記録保持者ポーラ・ラドクリフ選手だった。標高差200メートルの史上もっとも過酷なマラソンコース。36キロ付近でリタイアした彼女の表情は見る者にも痛みを感じさせた。そして2日後の1万メートルのスタートに姿を現したときは、ホッとしたのだったが、ここでも彼女は途中棄権した。記者会見で「今の私はぼろぼろだ」と語った姿には長距離ランナーの過酷な世界を改めて認識させられた。
この番組「オリーブの歌」はこのようなエピソードを描いていたのだが、NHKが、そして日本の新聞が報じなかった場外のエピソードを一つ紹介したい。
29日の閉会式にパウエル米国務長官が姿を表す予定を組んでいた。ところが、アテネの町のどこからでも眺められるアクロポリス神殿の丘に巨大な垂れ幕が垂らされた。そこには「Powell Killer Go Home」とあった。そして、アテネ市内では大規模なパウエルのギリシャ訪問反対デモが行われた。
ギリシャはイラク戦争に中立の立場をとっている。第2次大戦後、米軍に占領され、米軍基地が置かれた経験もあり、この国には反米感情が今も根強くある。ギリシャ政府もそのような国民感情を無視することはできず、また「平和の祭典」である五輪の場に現に戦争をしている国の大臣が訪れることで、いっそうの反米感情が湧き上がるのを避けたいとの思惑もあった。
そんなギリシャの事情を察してか、パウエル国務長官は直前になってギリシャ訪問をキャンセルした。その理由は「急用ができたから」だった。 (2004/08/30)
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Last Update:2004/10/19
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