組織嫌い
組織嫌い
私は生来、組織というものに馴染めない気持ちを抱いている。とはいっても、今の社会では組織から離れてひとりで生きるということは至難なことである。不可能といってもよいだろう。
組織といえば、子どものときは学校、学校を卒業して社会にでると、今度は会社という組織で生きねばならない。会社には労働組合もある。町内会、マンションの管理組合もある。ボランティアをしようとすればNPO法人というのもある。郷里の同窓会も組織である。政治活動をするとすれば政党という組織がある。とにかく、どこへ行っても組織、組織である。生まれてから死ぬまで組織と無関係に生きることはこのようにむずかしい。
会社や労働組合は、生きるために生活費を稼がねばならないから、これに所属することは、ある意味ではやむをえなかった。だが、そうではあっても、つねに組織というものに馴染めない思いが私には付きまとっている。
私には組織よりも個人的な人間のつながりの方を大切にしたいという思いがいつもある。会社でも、気の合う同僚と付き合っている方が楽しいし、その人からいろいろな知識や知恵を吸収することの方が、自分にとっても心地よかった。
そんなわけだから、当然、政治運動などはどちらかといえば嫌いである。個人として生きていきたいからである。
30年間続けてきた与那国島サトウキビ刈り援農隊の援農舎をNPO法人にしようかと考えたことがある。友人にアドバイスされて、一度はそう考えたのだが、結局やめることにした。NPO法人になると、組織の役員を置いたり、会計報告を毎年所管官庁に提出しなければならないなどの約束事がある。組織だからである。そういうことのために時間と労力を割きたくないということもあった。
だが、なにより気になったのは、私と友人たちの個人的なつながりで30年間続けてきた活動の目的と、私と仲間の意思が、組織化することで薄められてしまうのではないかと思ったからだ。当初の個人の思いより、組織の維持がいつのまにか目的になってしまっているということにもなりかねない。そういう可能性はあらかじめ絶っておきたいと思ったのである。
私には個人の意思や気持ちを大事にしたいという思いのほうが強かったからである。 援農隊の場合、これは組織ではないかといわれるかもしれない。たしかに組織である。援農隊を毎年組むと、それは組織になる。しかし、援農期間が終わると解散するから、最低限の組織で収めておきたい。これにはすでに30年の経験がある。
いま与那国島は、季節労働力としてはかなりの部分を農協が自身の力で集められ、まかなえるところまで来ている。援農隊は島でサトウキビ刈りの労働体験をさせてもらうという当初の目的に戻ってきている。それは島の人たちがこの30年間に努力してきた結果でもある。
私は島が必要としている限り、また私が続けられる限りは今後も援農隊を続けたいと思っている。これは札幌世話人の高田さんも同じだと思う。彼とときどきそういうことを話している。そして、二人のこの共通意識が援農隊を続けさせてもいるのだ。これを今後も続けていきたいと考えている。それは二人の自発的であると同時に、個人的な意思でもある。この個人的な意思を自分としては大事にしたい。 (2004/10/29)
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Last Update:2004/10/19
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