豊岡杞柳細工の匠

豊岡杞柳細工の匠



 三井住友VISAカードの会員誌「MY LOUNGE」10月号の「匠謹呈」のページに郷里豊岡の杞柳細工の匠として、宮崎和子さんが紹介されている。「かばんの町」豊岡については、今年の東京達徳会報「和魂」で紹介されているが、豊岡のかばんの源流は杞柳である。私が大学入学のために豊岡から東京に出てきた1960年ごろは、衣類などを柳行李に詰めて布団袋とともに鉄道のチッキ便で送ったものだった。

 杞柳製品は当時までは、柳行李が主要製品だったが、ほかに飯行李(弁当箱)や豆バスケットと呼んだ子供用のハンドバッグ、買い物籠などもあった。吸湿性に優れ、虫がつきにくく、軽くて、使い込むほどに味わいが増すという特徴があったが、高度成長とともにビニールの大量製品に取って代わられてしまった。

 宮崎さんは豊岡の隣りの竹野町生まれだが、1990年に豊岡じばさんセンターの杞柳製品作りの講習を受けたことから、制作を始めたそうだ。2001年に伝統工芸士になり、ことし、自ら考案した複雑な編み技術を融合させた「草木染め長角デザイン編み革手」シリーズで「グッドデザインひょうご」大賞を受賞した。

 私たちが子供のころは円山川の川辺などにヤナギが自生していたが、護岸改修などで今ではほとんど見られなくなってしまった。杞柳製品が大量に生産されていたころは、農家がヤナギを栽培していたが、いまは宮崎さんのような職人が自分で栽培しているという。

 竹細工は籠や花立てその他、いろんな製品がむかしからあって、また編み方の技術も精緻をきわめ、日本伝統工芸展などにも出品されて、いまも愛好家が多いのだが、杞柳製品はまだまだそこまで行っていないようだ。ヤナギは竹より軽く柔らかい性質があり、その特性を活用して工芸的に価値の高いさまざまな製品を生み出す余地がまだまだあるように思われる。宮崎さんのような有能な職人に期待したい。工芸品としての杞柳製品にはこれからも可能性があるように思う。

 私は数年前に、柳の飯行李が欲しくなって、豊岡の関係先に問い合わせたが、やっと見つかったのは、豊岡市街の店でも、じばさんセンターでもなく、玄武洞の売店に行けば売っているはずということだった。玄武洞に近い赤石出身の同級生、田中嘉津明さんに聞くと、やはり玄武洞で売っているとのことだった。ただ、1点1万数千円という価格にはちょっとためらいがあり、それに玄武洞にはいまだに行く機会もないままである。 (2004/09/13)

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Last Update:2004/10/19
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