'04/8月
 過去ログ

2004年8月31日(火)
台風16号一過

オリンピックが終わり、今夜こそは十分な睡眠をと思ったが、大型台風16号の影響で深夜から早朝にかけて瞬間最大風速39mを記録の物凄い強風音で熟睡出来ず、連日の睡眠不足になってしまった。16号は各地に多くの被害を与え、台風一過の東京に気温34℃の猛暑のおみやげも残してくれた。それにしても今年は台風が多い。 

2004年8月30日(月)
アテネ五輪が閉幕

28回夏季オリンピックアテネ大会の閉会式が日本時間30日早朝にあり、17日間の熱戦の幕を閉じた。日本は大躍進して37個の史上最多メダルを獲得した。最終競技は男子マラソンでバルディニ(イタリア)が優勝したが、銅を取ったデリマ(ブラジル)がトップを走っている時、突然コースに飛び込んで来た男に襲われるハプニングがあり一瞬驚いた。日本勢は油谷繁が5位、諏訪利成が6位で健闘し、92年バルセロナ大会以来の入賞を果たした。女子が好成績を残したのに対して男子はメダルに届かず、世界の壁に跳ね返されたのはやはり残念。

2004年8月27日(金)
禁煙

夫はすっかり元気になった。医者の指示通りその日はタバコを吸わなかった。でもどうせ元気になればまた喫煙するだろうと思っていたが、あの日以来会社でも禁煙していると言うから驚いた。今日で4日目になる。体内のニコチンが切れる頃で一番辛い時期と聞いたことがある。先程「買いだめしてあるタバコが終わってからにしようかなぁ」なんて言っていたが、今回はこのまま禁煙成功に繋がりそうな予感も・・私は以前から禁煙を勧めていたが、その気になってくれず、これが成功してくれれば大変嬉しい。

2004年8月24日(火)
喉の痛みで・・

夫は微熱と喉の痛みで仕事を休んだ。8月は忙しいと言って夏休みも取らなかったので疲れが出たのかも知れない。以前にも扁桃腺が大きく腫れて水も飲めない苦しみを味わったことがあるので今回も楽観はできない。医者から今日はタバコも運動も禁止で会話もなるべく少なくと言われたそうだ。   60歳は厄年なので注意しないと・・

2004年8月21日(土)
二つの心配事が消えて・・

オリンピックのメダルラッシュが続く中、ピアノ発表会が2週間後に迫り、いろいろと心配事も出来、心休まらぬ毎日を過ごしている。しかし今日になって二つの心配事が解消されて心が大分軽くなった。その一つは学校が忙しいことを理由にお稽古を休みがちで、出場する気はありながら8月になっても一向に練習をしない生徒に悩んだ。ところが何と今日は暗譜までやってきたのだから驚いた。いざとなったらやるもんだなと、ほっと胸をなで下ろす。そして二つ目は最初から出場を拒否し続けた生徒のことだ。選曲の時もテンポが速いのはダメ、長い曲や難しい曲もダメで、名曲でないとダメ等、色々言って私を困らせた。選曲後も頑張って練習をしている様子もなく、やっぱり出場は無理かなと半分諦めていた。それでもレッスンの度に生徒の気持ちを理解しようと努力し、話し合いもし今日は苦手とする箇所を徹底指導した。その努力のお蔭か、本気で出場すると言ってくれた。難しいお年頃のお二人さんが心を切り替えてくれて本当に良かったし、プログラムも穴が開かずに済んだ。

2004年8月19日(木)
北島康介2個目の「金」

競泳男子200メートル平泳ぎで
北島康介が2個目の金メダルを獲得した。日本選手が1大会で2種目を制したのは72年ぶりで個人種目2冠は史上初の快挙とか。19日AM1:30からの生放送を緊張して見たが、スタートからトップを維持した北島選手の泳ぎっぷりにまたまた感動した。

2004年8月17日(火)
メダルラッシュ続く

日本時間17日AM2:30〜体操男子団体総合は、日本が苦手とされる床運動から始まった。高まるプレッシャーの中で日本は7位と出遅れたが、最終種目の鉄棒で米田・鹿島・エース冨田らが高得点を連発して、劇的な逆転勝ちを演じた。同種目では1976年モントリオール五輪以来、28年ぶりの快挙の金メダルとなり、”体操ニッポン復活”と世界から注目された。「素晴らしい感動をありがとう!!」 

2004年8月16日(月)
メダルラッシュ続く

オリンピックは大会3日目を迎え、柔道の野村忠宏・谷亮子に続き、水泳の北島康介が金メダルを獲得した。故障があっても何時も前向きに考えたという姿勢が本当に素晴らしい。これは日本国民全ての感動でもある。迫力ある競技を毎日生放送で観戦したいのだが、アテネとの時差が6時間ある為に日本では真夜中の放送となる。寝不足を気にしないで毎夜見たいのだが、そうもいかない。寝不足続きで体調を崩したら大変だ。とは言いつつ間もなく始まるAM 2:30〜の金メダル期待の体操・決勝『男子団体』」は見たいな。

2004年8月14日(土)
誕生日

未明にアテネオリンピック開会式があり、17日間の祭典の幕を開けた。そして今日14日は夫の60回目の誕生日でもある。 ささやかな ケーキで祝った。還暦の祝いは9月に延ばし、息子たちが温泉に招待してくれる事になっている。

2004年8月12日(木)
人生は自己挑戦の旅

私は月刊誌『大望』から何時も多くの教訓と勇気を与えられている。
今月は『今の苦労は将来の楽しみ』がテーマだ。その中で俳優、藤岡 弘が「人生は自己挑戦の旅」と題して、不撓不屈の精神こそ財産とある。困難にぶつかった時、人間は諦めてしまった時から未来がなくなる。屈することなく立ち向かっていくという精神は人間が本来持っているすごく大事な要素なのだ。ピンチこそチャンスと受け止め、その試練に立ち向かっていく勇気が確実に素晴らしい時代を迎えられるのだ。自分自身、失敗と挫折を繰り返しながらの旅を続けている。この旅はこれからも永遠に続くであろう。困難が多ければ多いほど人の痛みや悲しみ、苦しみがわかるし、包容力がはぐくまれれ人間として大きな器がつくられるのではないだろうか・・  と掲載している。

2004年8月9日(月)
嬉しい訪問者

幼稚園の頃から私のピアノ教室に通っていた生徒が今年で社会人3年目になった。職種は幼稚園の先生だ。職員の中でピアノが一番上手とされ、何時も頼りにされているらしい。こんな話を聞くと私まで嬉しくなる。その彼女が今日初めて教室ではない自宅に遊びに来た。 (レッスンを止めた後でも時々教室に遊びに来る事があるが、余り落ち着いて話が出来ない)今日はお互いに仕事を離れ、のんびりとお茶をしながら話が出来、ピアノも楽しく弾いた。 午後の嬉しい訪問者は「又遊びに来たいな」と言って夕刻帰って行った。

2004年8月8日(日)
サッカーアジア杯

7日、サッカーアジアカップ最終日の決勝戦が北京で行われ、日本は中国を3−1で下し2大会連続3度目の優勝を果たした。観客は6万人。警察官1万人が警戒にあたったという。試合中は日本のプレーに繰り返し罵声が浴びせられ、試合後の会場外のあちこちで数千人単位のサポーターが騒ぎ、日の丸を焼いたり、駐北京日本公使の車の窓ガラスを壊したり、日本チームのバスを取り囲んだりして騒然とした状態が続いたが、今日未明に治まったとの報道があった。何故ここまで反日感情を持つのか理解に苦しむ。このマナーの悪さに関して中国政府は貧富の激しい社会問題のはけ口として行ったのではないかとも言っており、4年後に行われるオリンピック開催にも大きな危機感を感じ、環境整備にもっと力を入れると言っているそうだ。


2004年8月5日(木)
鷺草(さぎそう)

世田谷区の花として知られている「鷺草」が今日一輪開花した。鷺が飛んでいる姿によく似ているのでこの名が付いたのだろう。以前に「鷺草講習会」に参加して球根から育てたことがあったが、花芽も付けずに見事に失敗に終わった。(講習会で鷺草は菌に弱いので球根を消毒してから植えつけた事を思い出す) 今年は苗から買ってみたが又ダメかも知れないしと余り期待を掛けずに見守ってきた。これが今日咲いたので、とっても嬉しい。この感動をカメラに収めた。

2004年8月3日(火)
上海からの電話

上海にいる次男から今、電話が掛かってきた。単身赴任して1ヶ月になる。 あちらも猛暑続きで大変らしい。昨日は工場の峻工式があって忙しく動き回っていた為に汗が背広にまで滲んでしまったとか。社長さんや他の会社の偉い方々と近くで対話出来て良かったと報告して来た。元気で頑張っているらしい。

2004年8月1日(日)
ネガ風写真

今日から8月。
今頃になってちょっと気が抜けた感じもするが、Bali2と題して16枚の写真をネガ風でアップしてみた。