富山県弁護士会への登録換えの経緯

 私が川崎市から富山市へ事務所を移転した経緯は、下記のとおりです。

 2001年9月、妻が病気で倒れ、様々な検査をしましたが、病気の正体がはっきりせず、原発性慢性骨髄線維症と診断されました。慢性の病気であり、10年単位の闘病生活が予想されました。妻の身体の負担を少しでも軽くするため、妻の出身地であり、私も小学校から高校まで暮らしていた富山県へ引っ越すこと、あわせて事務所を富山市に移転することを決断しました。

 ところが、移転準備が最終段階になったときに、妻の病状が急速に悪化し、従来と異なる検査所見が出て、最終的に、悪性リンパ腫と診断されました。
 そこで、2002年8月、とりあえず弁護士登録を富山県弁護士会へ(事務所を富山市へ)移転した上で、弁護士業務を実質的に休業し、妻の病状を見守ることに専念しました(東京の病院にて闘病)。

 2002年9月、妻は血縁同種末梢血幹細胞移植を受けましたが、腫瘍は完全に消えず、2003年初夏以降、再びはっきりと増大傾向を見せるようになりました。
 投薬で時間を稼いだ上で、根治を目指す最後の手段として、2004年2月、HLA3座ミスマッチ非血縁同種臍帯血移植に踏み切りました。しかし、造血が回復する前に肺を感染症に冒され、3月13日、妻は永眠いたしました。

 遺された二人の子供を連れて、生活の本拠を富山へ移し、2004年4月、弁護士業務を再開しました。
 初心に返っての再スタートです。

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