− プロローグ −


 かきんっ! かきょぉん!!

 ある麗らかな昼下がり。ここはライゼール地方の南端、ヴォルン村の一軒のメシ屋。
「ぐっ・・・・リナっ! 相変わらずやるなっ!」
「そっちこそっ! ガウリイ・・・・!」
 村一軒しかないメシ屋のわりには、人が少ないのだが、それもそのはず。
 今、おなじみ脳味噌スライム剣士と、イチゴ胸の美少女魔道士が、殺気むきだしで
争い続けているからである。こんなぎすぎすした空気の中で、平気でメシを食えるの
は、どこぞの国の熱血王女か、悲劇の岩人間ぐらいである。

 きぃん!! がいぃぃん!!

 さっきから響いているのは、食事用のフォークとナイフが奏でる音色である。
 そう。昔からよくありそうな英雄伝承歌のごとく、姫君を助けるために勇者が悪の
剣士と斬り結んでいるのでもなく、はたまた、仇を捜して放浪の旅を続け、あげく、
ついに仇を見つけ決闘にあいまみえ、レイピアを振る美少女でもないのだ。
 ・・・・フォークである。
 ・・・・ナイフである。
 本来、食料を食べやすく切るための道具で、二人は斬り合い争い続けているのだ。
「・・・・今だっ!!」
 脳スライム剣士−ガウリイ=ガブリエフの眼が鋭い光を放つ!!
「・・・・・・・・!」
 その迫力に気圧されたのか、一瞬ひるむ天才美少女魔道士(自称)−リナ=イン
バース!
「はあっ!!」
 鋭い気合いと共に、横手からのすさまじい斬撃がリナの前をかすめるっ!!

 ひょいっ! ぱくっ☆

「あああああああああっ!! あたしのっ!! あたしのチキンがあっ!!」
 リナの絶叫が響きわたったのは、それから三秒ほど後だった。
「うん、うまい。さすが特製チキンセット。むぐむぐ・・・・」
 響きわたるリナの絶叫も耳に入らないのか、至福の表情で愛しいチキンさんを味わ
い続けるガウリイ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ガウリイ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 チキンさんを取られたショックからか、幽鬼のような声音で呟くリナ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
 一転して、相変わらずマヌケ極まりない声のガウリイ。
 ・・・・次の瞬間、ちっとばかし季節外れな花火が、メシ屋のど真ん中に咲いていた。


  − 第一章 懐かしい人 −


 (・・・・最悪ね・・・・)
 リナは、絶えずその言葉を暗く沈んだ心の中で繰り返していた。
 今のリナの心は、かつて暗黒時代と呼ばれた時期の人々たちの心よりも暗かった。
 (金貨50枚・・・・まるまる大損ぢゃないっ!!)
 そう心の中で絶叫を上げても何もならないことは、自分自身わかってる。わかって
るのだ。
 だが、彼女にとって命の一部と言っても過言ではないであろう、金貨50枚。それ
をメシ屋のオヤジに取られた・・・・もとい、払わされた今、誰が彼女を責められるだろ
うか?
「・・・・リナ。さっきから疑問に思ってるんだが・・・・」
 村とはいえ、けっこう活気にあふれているあたりを見回しながら歩くガウリイ、リ
ナの様子が気になったのか、とーとつに呟く。
「おまえさん・・・・何でそんなに機嫌悪いんだ・・・・? 悪いもんでも食ったか?」
「・・・・ガウリイ。本気で言ってんの?」
 ガウリイの言葉に、リナのこめかみに青筋が一本浮かぶ。
「何言ってんだよ。リナ。オレはいつでも本気だぜ」
 ぴくっ。ぴくくっ!
 今度は二本。ついでに口元もひきつる。
「・・・・あたしがさっき払った金貨の枚数。見てなかったとは・・・・言わせないわよ」
「なぁんだ。そんなことか。確か・・・・50枚だったよな?
 それが、どーかしたか?」
 まったく悪びれた様子もみせず、いけしゃーしゃーとほざくガウリイ。
「それにしても、あのメシ屋のオヤジ、短気だよなー。
 『てめぇら、さっさと金払って出てけ!!』だもんなー。
 なあ、リナ。オレ達、なんか悪いことしたっけか?」

 がづっ!!

「あ・ん・た・わ・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 突然、ガウリイの胸ぐら掴み上げ、絶叫するリナ。
「をっ?! ちょ・・・・! ちょっと待て! 落ち着けっ! リナっ!」
「あんたのせーよっ! あんたのっ!
 元はといえば、あんたがあたしのチキン様をパクったのが、全ての元凶よっ!」
「ンなムチャな話があるかっ!!」
「あるわよっ!!」
「んじゃ、何か!? おまえさんは、メシ屋に自分で火炎球ブチ込んどいて、『あ
たしは元凶じゃありませんっ。犯人はこっちの連れの剣士ですっ!』とか言うつも
りだったのかっ?!」
「そのとーりよっっ!!」
「ンな話があるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 きっぱりハッキリ言い切るリナに向かって、なぜか絶叫かますガウリイ。

「・・・・とにかくだ。早いトコ金目のものを調達しないと、オレ達に明日はないわけ
だ? そーなんだろ?」
「そーよ」
 ガウリイの言葉に、ぶっきらぼうに言い放つリナ。
「何か、良い仕事ねーかなあ・・・・。なあ、リナ?」
「そう都合良く仕事が転がってりゃ、世の中の冒険者連中は困ったりしないわよ。
 とりあえず、メシ屋は吹っ飛ばしちゃったけど、酒場ぐらいなら、そこらじゅう
に転がってるわ。そこへ行ってみましょ」
「おう!」
 景気良く返事をするガウリイ。さっそく酒場に向けて足を進める二人。
 ・・・・酒場はすぐに見つかった。こーゆー展開上、いかがわしい酒場が出てくるの
が世の法則らしいが、今回は違った。
「『緑の森亭』(グリーン・ウッド)か・・・・。ここにしましょ」
「へー・・・・にぎやかな酒場だなあ」
 口々に言いつつ、中へ入る。
 ガウリイが言うのもムリはない。真っ昼間だというのに、客でごったがえしてい
るのだ。とことん暇な連中なのだろう。楽しそうに談笑する人たち。酔っぱらった
勢いで歌い出す人。マスターと酒の話で盛り上がる男などなど・・・・
「おっ。あのウェイトレス、おまえさんと違って、ずいぶんグラマーだなっ」

 どげしっ!!

「・・・・はうっ?!」
 いらんことをほざくガウリイに向かって、リナの無言のゲンコツが決まった。
 (・・・・ウェイトレス・・・・か・・・・)
 リナは、なぜか懐かしい故郷を思い出していた。どうやら彼女も感傷に浸ること
があるらしい。
 ・・・・いや、ちょっと違うかも知れない。なぜなら、彼女の額にうっすらと汗が浮
かんでいたからである。
 いやな思い出が脳裏をよぎる。それは、彼女の『姉』のことであった。
 それをムリヤリ振り払うかのように、頭をぶんぶか振りまくるリナ。
「・・・・・・・・? リナ?」
「・・・・なんでもない」
 怪訝そうに見つめるガウリイに向かって、呟くリナだった・・・・

「あ、あれ?」
 あの人は・・・・たしか・・・・
「リナ? どした?」
「うん。ちょっとね」
 最初は気づかなかったのだが、間違いない。あの人である。酒場のウェイトレス
は3人いたのだが、そのうちの一人が、リナの知った顔だったのだ。
 そのウェイトレス、歳の頃は十七、八。ショートカットの金髪が綺麗な娘であ
る。
 (そっか。ここで働いてるんだ・・・・)
 リナは思い切って声を掛けてみることにした。あれから3、4年はたってる。覚
えてるかどうか疑問だったが。
 「キャニー!!」
 突然のリナの声に、彼女は驚いて振り向いた・・・・
                              【続くっ!!】