『影』の声につられ、上を向いたリナ達の見たものは、家々の屋根に群がるデー
モン達!
「くっ・・・・?!」
 焦りの声をもらし、慌てて呪文を唱え始めるリナ。
 ぎるおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!
 一斉にシャドウ・デーモンたちが吠えた!
 ばしゅううう!!!!
 すさまじい数の黒炎矢が、デーモン達の前に現れる!
(間に合わないっ・・・・?!)
 リナの心に動揺が走る。そのせいか一時、呪文の詠唱が中断してしまった。
 しかし、その時、アークが屋根の方に向かって、手を突き出していた。その手の前
には少量の水が、その場のみ、重力が失われているかのようにプカプカと浮かんでい
る!
(あれは・・・・『浄結水』・・・・?)
 リナは一瞬、怪訝な表情でそれを見ていた。『浄結水』とは、旅人が飲み水を欲し
た時などに使い、水を作り出す呪文である。こんな状況の中で、アークが何のために
そんなものを使ったのか、リナには理解できなかったのだ。
 と、手を突きだしたアークの口から、歌うような呪文の詠唱が聞こえた。

 ・・・・荒ぶる海を統べし海魔の王よ
   汝の力の欠片 我が手に集え
   全てのものに 裁きの刃を・・・・

「ア、アークっ?! それって・・・・!!」
 アークの唱えていた詠唱を聞き、リナは驚愕の声を上げていた。
 そんなリナの驚きをよそに、アークの呪文が完成した!
「海王滅殺斬っ!!」

 ざふっ!! どぢゅっ!! くがあっっ!!!!

 るぎゅあああああああああっ!!!!!
 デーモン達の苦悶に満ちた絶叫が響きわたる。途中で呪文を絶たれたせいか、次々
と黒炎矢が弾け、あるいは、アークの放った『水』の属性を持つ黒魔法によって、消
火されていった。
 そして、その内いくつかの『水』は鋭利な刃と化し、デーモンどもの身体に食らい
つく!
 ぐるおおおおおおんんんっ!!!
 再び響く絶叫。その場で崩れさるもの。転落し、動かなくなるもの。やがて、あた
りにはデーモン達の死骸が、死屍累々と横たわっているのみだった。
(なんて魔道技術・・・・)
 その光景も目に入らないくらい、リナは驚愕していた。本来、『海王滅殺斬』とい
う呪文は、水のない場所では使えないものなのだ。あったとしても、少量の水だった
場合、それで術をコントロールするのは生半可な技術では不可能なのだ。
 それを、このエルフはやってのけたのだ。いや、あるいは魔族が合成されて、初め
て出来るワザなのかもしれない。
「・・・・リナっ!!」
 と、その時、驚愕の覚めやらぬリナの耳に届いたのは、ガウリイの叫び!
「・・・・・・・・・・・・!?」

 ざしゅっ!!!!

 気がつくと、いつの間にか、横手から攻撃を掛けてきたデーモンの一匹が、身体を
縦に真っ二つに裂かれていた!
「ガウリイ・・・・!?」
「大丈夫かっ?! リナ!」
 リナの驚きの声に、剣を袈裟がけに斬りおろしたままの体勢で、ガウリイが叫ぶ。
「リナ! デーモン達は、ここにいた分だけじゃない! おそらく村じゅうに溢れか
えってるはずだ!!」
「・・・・・・!」
 ガウリイの言葉に、思わず声を失うリナ。
『フフフフフ・・・・その通りですよ・・・・まあ、せいぜい楽しんでくださいね・・・・』
 その時、再び、どこからともなく響き渡る『影』の声。
「・・・・やったろーじゃない・・・・」
 どこへともなく視線を向けながら、険しい顔で呟くリナ。
 いつの間にか、辺りは、すっかり夜の闇に包まれていた。とりあえず、この闇をど
うにかしなくては・・・・
「明かりよ!」
 呪文を唱え、掌に灯った明かりを頭上に解き放つリナ。もう、デーモン達の気配は
ここにはないはずだった。
 しかし・・・・
「黒妖陣」
 リナは、自分でも不思議なくらい落ち着いた声で、呪文を解き放つ。

 ばしゅぼっ!!

『・・・・ほう・・・・』
 何かが吹き飛ぶ音が聞こえたあと、『影』の感嘆の声が聞こえた。
「・・・・・・・・まさしく、”シャドウ・デーモン”ね・・・・・・・・」
 言いながら、その『何か』が消滅したところへと、視線を移すリナ。
 すなわち、リナ自身の『真後ろ』に。
 そこには、黒い何かがわだかまっていた。それもまた、風に吹かれて消えていった
が・・・・
『・・・・ばれてしまいましたか・・・・。あの方が、あなたを惑わすには、適当だったかと
思ったんですが・・・・』
「あの程度の芸当で、あたしをどうにかできるとでも思ったの?
 『デーモン』を影と化して、知らぬ間に襲いかかるって発想は、いいセンいってた
けど・・・・さすがに、気配までは、完全に消すことはできないようね・・・・」
 言いながら、虚空を睨みつけるリナ。その表情には、余裕の笑みすら浮かんでいる。
『まあ、今のは単なるお遊びですよ。そうあせらないでください・・・・
 それでは・・・・こうしたらどうです・・・・?』

 しゅぅっ!

 再び『影』の声が響くと同時に、そこらじゅうの地面に浮かびあがる影!
 その数、数十匹!!
 リナは、静かに後ずさる。
「二人とも、いったん逃げるわよ。あと、アーク、頼むわ・・・・」
『おう!』
 ガウリイとアークの声がハモる。
 じりじりと後退する三人。聞こえるリナとアークの呪文の詠唱。
 そして、二人同時に呪力を解放した!
『爆煙舞っ!』

 ひゅどごどごどどどどどっっ!!!!!!

 二人同時に解き放った呪文によって、目前に小爆発がいくつもまき起こる!
 その小爆発は、あたりを煙で包みこみ、相手の目を眩ませるには充分だった。
「ダッシュよっ!!」
 リナの声が聞こえる。
 そして、煙が晴れたとき、どこかに潜んでいるであろう『影』の眼には、そこらじ
ゅうに散乱するデーモン達の死骸がうつるのみであった。

「獣王牙操弾!!」
 ごがあっ!!!
 村の路地を突っ切りながら、リナの放った術が、現れた一体のシャドウ・デーモン
を確実に無へ帰す!
 あの場所を離れてからも、シャドウ・デーモンの攻撃は続いていた。肝心の『影』
は、どこかで悠然と笑みでも浮かべながら、リナ達のありさまを見物しているのだろ
う。
「はあっ!!」
 どしゅっ!
 ガウリイの魔法剣が、目の前に躍り出たデーモンを斬り捨てる。
 一方、アークの方はと言えば、こちらもこちらで、なかなかの健闘ぶりである。
 現れたデーモンを、攻撃呪文で一撃の下に塵に帰し、飛び来る黒炎矢を、精神世界
面から干渉して消滅させるなどなど・・・・
「しっかし、いいかげん飽きてくるわね・・・・こーも数多いと・・・・」
 斜め上から飛んできた黒炎矢を、封気結界呪で吹き散らしながら、ぼやくリナ。
「覇王雷撃陣!」

 びぢゃああああああああああっっ!!!!

 赤眼の魔王の腹心『覇王』の力を借りた黒魔法が、またも群がるデーモンどもを蹴
散らしていく!
「まあ・・・・『影』のやつを見つけないことには、どーにもなんないだろーな!」
 たった今、黒コゲにしたデーモン達を跨ぎ越えながら、アークが言った。
「でも、さっきのヤツの様子を見る限りじゃ、こいつら自体が『影』の一部のよーな
気がしないでもないんだがっ!」
 う゛ぁぢゅっ!!
 言いながら、ガウリイは飛んできた黒炎矢を、魔法剣で受け流す!
 すかさず閃く魔法剣の一撃が、デーモン一体を闇に葬った。
 ガウリイの言ったことは、他の二人の思っていたことと同じだった。『影』が、
デーモン達を召喚したとき、精神世界面から呼び出したようには見えなかったのだ。
 あの時、ファティの身体に取り巻く『黒の炎』が弾け飛んで、それらがデーモンと
化したとしか言いようがないのだ。           ・・・
「もし、そうだとしても、こいつら全部倒したって『影』の一欠片に傷つけたぐらい
にしかなんないはずね。あいつは、『ファティ』を乗っ取ってるんだし、もともとは
『ファティ』自身と合成させられた魔族なんだから」
 ガウリイの上げた声に、リナが落ち着いた口調で答える。
「つまり、本体は『ファティ』の中ってワケだな・・・・」
「そう。なんとかしないとね・・・・」
 アークの出した声に、リナは考え込む。もちろん、この間にも路地を駆け抜け、
デーモン達の攻撃をやり過ごしていた。
 何分、何十分、闘い続けていただろうか? やがて三人は、路地が十字路に分かれ
ている場所に出た。いつの間にか、あたりは静かになっている。三人はやっと一息付
くことができるようになったわけである。
「リナぁ。どっちに行くつもりなんだ?」
 ガウリイが、困ったような顔をして言った。
「ガウリイ。あんた、気配を探れる能力はケダモン並なんだから、どっちにいけば、
安全か分からないわけ?」
「うーん・・・・。どこも安全っちゃあ言えないんだよなぁ・・・・」
 のんきにポリポリ頭なんぞをかきつつ呟くガウリイ。
 その時!

 げごぼあああああああああああああっっ!!!!

 その十字路一帯に響きわたる、まるで空気を裂くようなデーモン共の咆哮!!
 十字路全て、つまり、リナ達の背後を含めて、4つの道を全てデーモン達に塞がれ
ていたのだ!
「どーやら、意地でもあたしを殺したいらしいわね・・・・」
 不敵な笑みすら浮かべつつ、呟くリナ。
 その声を聞いていたのか、また『影』の声が聞こえた。
『当たり前です。私がこうしていられるのも、「ファーティア」の復讐心のおかげな
のですから・・・・。もはや、あなたを完全に殺すまで、デーモンたちはあなたを追い続
けるでしょう・・・・』
 その声にも動揺することなく、リナは静かに腕を組み、ゆっくりと口を開く。
「・・・・あたしね。良いこと思いついたんだけど」
『・・・・? ほう・・・・!』
 リナの言葉に好奇心が湧いたのか、『影』の声には歓喜が混じっていた。
「アーク。この結界、崩すこと出来る? あいつを精神世界面に残したまま」
「無理だよ;」
「なるほど。わかったわ」
 きっぱりはっきり言い切るアークの言葉にも、余裕の構えのリナ。
 すると、今度はいくらか嘲りの混じった声が響く。
『フフフフフ・・・・。お忘れでしょうか? リナ=インバース。
 今の私は、ほとんど魔族なのですよ? 例え、そこのアークさんの力で、うまく私
を精神世界面に閉じこめても、そこは私の故郷みたいなもの。そんなところへ放り込
まれても、痛くも痒くもありません・・・・
 ・・・・リナさん・・・・そのような浅知恵を考える暇があるのならば、まず、逃げた方が
よろしいのではないですかねえ・・・・フフフフフフフ・・・・』
 リナは、その声を聞いていたはずだが、どうやら無視しているようだ。

 ・・・・汝の欠片の縁に従い・・・・

『・・・・・・・・? いったい何を・・・・』
 リナの声を微かに聞いた『影』。疑問に満ちた声音で呟く。ガウリイやアークも同
様だった。

 ・・・・我にさらなる魔力を与えよ・・・・

 その時だった。リナの腰や腕に付いた魔血玉が、血の色にも等しい紅の色に染まっ
たのは!
『まさか・・・・?!』
 初めて『影』が、驚愕の声をもらしていた。
「ガウリイっ!! アークっ!! こっちっ!!!!」

 どんっ!!

 突如、リナが絶叫を上げ、二人を突き飛ばした!!
「うわっ?!」
「ぐっ!!」
 二人が突然のことに驚き声を上げる。
 突き飛ばされた場所は、ちょうど十字路の真ん中!!
『フフフフフ・・・・!! 自ら死を選ぶというわけですか・・・・!!
 よろしい! シャドウ・デーモン達よ!! 三人とも殺してさしあげなさい!!』
「アークっ!!! 今よっ!!! 思いっきりデカい奴で、道ふさいでっ!!!」
「・・・・・・・・!! わかった!!」
 リナが何を考えているのか理解したのか、即座に呪文を唱え始めるアーク!!

 ・・・・母なりしもの、無限の大地よ!!

 ぐぎゃあああああああああああっ!!!!
 デーモンの雄叫びが聞こえ、十字路の四カ所全てが、黒色に染まる!!!
 そして、一斉にデーモンの口から解き放たれる黒炎矢!!
 その時、解き放たれた黒炎矢は、まるでコマ送りのように見えていただろう。
 だが、それは確実に三人を消滅させんがため、十字路の真ん中に向かって収束して
いった。
 そこに、ほぼ同時だった。アークが唱えていた呪文を解放したのは!
「地撃衝雷っ!!」

 ずずずずずずずっっっ!!!!! ごう゛ぁああああああああっっ!!!!!

 アークの呪文によって操られた地面が、うねり、蠢き、隆起する!!
 土でできた巨大な錐が、デーモン達の放った黒炎矢を阻むかのように、四カ所に突
き出す!!!
 外側のデーモン達から見れば、三角錐でできた屋根のように、錐の頂点が、リナ達
の真上に向かって収束していた。
 そう。まさしく、土のバリアである。
 そこへ、デーモン達の黒炎矢がまともにブチ当たる!!

 きゅどきゅどきゅどどどどどどどどっっっ!!!!!!

 少なくとも、数百本はあるであろう黒炎矢の直撃を受け、土のバリアとなった地撃
衝雷の錐は、ボロボロと音を立てて崩れて行く!!
「うわわわわわわっっっ!!!!」
 ガウリイの悲痛な叫びが、土バリアの内側に反響する。
「さてと・・・・そろそろやりますか・・・・」
 リナが冷静な声音で呟く。何かを見計らっているようだ。
 まだ、外側では、黒炎矢の連続発射が続いている。これでは、土のバリアも完全に
崩れ去るのは時間の問題だろう。
「・・・・リナっ!! 上っ!!」
 アークの絶叫が、狭いバリアの内側に響きわたる。
 そう、落ちてきたのだ。巨大な錐が、デーモンの黒炎矢に打ち砕かれて!!
 だが、全てリナの計算通りだった。用意しておいた呪文を解き放つっ!
「暴爆呪っ!!!!」
 次の瞬間、村の一角が、目も眩むような閃光に包まれていた!!

                               【続くっ!!】