マンション・アパティア・4

「帰蝶」
「おや、リキくんじゃありませんか。どうしたんです?そんなに思い詰めた顔をして」
「帰蝶、あんたになら相談できそうな気がするんだ」
リキはうつむいて言った。
「それはそれは。何か悩み事でも?」
「入っていいかな?」
「ええ、どうぞ」
帰蝶はリキを部屋に招き入れた。
帰蝶の部屋は複雑な織物や美しい布をふんだんに取り入れたエスニック風のインテリアだ。
そして、目にもあやな布が無造作に重ねられたソファには
もう1人の来客が。
「な、人が来てたのか」
「この人は大丈夫。別に、かまわないでしょう?宝石屋さん」
ストレートの黒髪を揺らして、その細身の男はぎこちなく笑みを浮かべた。

「お茶は?それともお酒にしますか?」
「酒はいらない。それより」
「帝王様のこと?それともあのクラヴィスのことでしょうか?」
「あんたって勘がいいんだな」
感心の表情を浮かべるリキ。
「あなたは隠せない人ですからね。
実は、いつうちに来られるのかと思っていましたよ」
「ちッ」
リキが手近の椅子に腰掛け、片膝を抱える。
「あんた、あの水晶球が何だか知ってるかい?」
「水晶球?」
「あいつの部屋にあるアレだよ」
「クラヴィスが水晶球を?へえ、それは知りませんでしたね」
「あいつ、オレたちのこといろいろ知ってるみたいで、もしかしたら」
リキは困ったように髪をくしゃくしゃとかきむしった。
「あの、私はお邪魔のようですから帰りますので」
片隅から小さな声が。
あの宝石商だ。
「まあ、お待ちなさい、オリヴィエさん。
あなたもクラヴィスさんのところに出入りしてしてらっしゃるでしょう。
あそこで、水晶球を見たことがありますか?」
少し困ったような顔をしたのち、その宝石商は小さな声で話し始めた。
「クラヴィスさまも特に隠してらっしゃるワケではなさそうですし、
お話しするのは別にかまわないと思うのですが」
「じゃ、あるんですね」
「ええ、最初、私が呼ばれたのは、あの水晶球に何か損傷がないか見て欲しい、
というご依頼だったんです」
「ほお」
「あのお方は多分、あれで占いをなさるのでは?
占いが上手く行かないのか、少しお困りの様子でした。
でも結局、水晶球自体にはなんの問題もありませんでしたが」

宝石商が退出したあと、腕を組んで帰蝶は言った。
「つまり、クラヴィスがあなたたちのことを覗いていると?」
「うう」
リキがどう答えて良いか逡巡する。
「そんな人には見えませんけどねぇ」
「オ、オレだって、そう思うさ。だけど気になって」
「はっきりご本人に聞いてみればいいじゃありませんか」
「こんな失礼な質問、面と向かってできるわけねぇだろ」
「確かに失礼な質問ですねぇ」
「でも、あれから気になってダメなんだ」
肩を落とすリキ。
ぷっ、と帰蝶は吹き出した。
「な、なんだ」
「いえ、リキくんの今の冴えない表情ったら。帝王様に見せてあげたい、と思って」
「な、なんだってんだ」
「それに、もしそんな水晶球があったら、私も欲しい。ね、リキくん」
「わかった。あんたに相談したオレが悪かった」
リキの声は少し怒気を含んだ。
「おお、怒った。だけど、そんなことを気に病むより、
夜中の窓の閉め忘れに注意することが先決だと私は思いますよ。
クラヴィスはあなたの部屋のすぐお隣なんですから」
帰蝶は涼しい顔をして言った。
リキはみるみる耳まで真っ赤になった。
リキのもう一方のお隣さんは帰蝶なのだ。

その夜・・・、
イアソンが訪れる前に
リキが部屋中の窓の閉め忘れをチェックをしたのは言うまでもない。

つづく