マンション・アパティア・5

ラウールのラボの近くで立ちつくしているクラヴィスに遭遇したのは
リキがバイクを駆ってアパティアに帰る途中だった。
ほかのエア・カーをかいくぐって見事にUターンしたリキは
クラヴィスすれすれの所でバイクを止めた。
「おい」
とまどっているクラヴィスの前でヘルメットを取ると、
クラヴィスは驚いた表情をみせ、次に安心の笑顔を浮かべた。
リキはこの男の表情らしいものを見たことがなかったので
少しとまどった。
この男は無口だが、街中でも際だつ秀麗な美貌を持ち合わせている。
リキが気づいたのも、まったくそのお陰だった。

「買い物?」
素っ頓狂な声をあげるリキ。
「んで、そんなことする必要があるんだよ。
アパティアにはケータリングだって
至れり尽くせりの便利屋だって何だって揃っているじゃないか」
「ああ、だが、私も人並みのことは体験してみたいのだ」
「人並みに就職して、人並みに買い物するってわけか。
あんた、いったいどんな暮らしをしてきたんだ、いままで」
近くのカフェでお茶を飲みながらの会話だ。
「どうだ、人並みに仕事帰りにカフェに立ち寄るってのは」
「・・・、悪くはない」
クラヴィスはアイリッシュカフェを口元に運びながら、幸せそうに微笑んだ。
「あんたの仕事って、何なんだよ」
こくりとうまそうに喉を鳴らし
「別に、普通の仕事だ」とクラヴィスが答える。
「あんたの普通って何なんだ。どこで働いてるんだ」
「あそこだ」
カフェの窓から見える白亜のビルを指さす。
「ラ、ラウールの所か」驚くリキ。
「よくあんなこうるさいところがあんたみたいなワケのわからんヤツを雇い入れたな」
「そうなのか?ふ。私は保証人だけは一流だからな」
「で?そこで何をやっているんだ?まさか研究員とか?」
「今のところは、まだ助手みたいなものだな」
クラヴィスはコーヒーカップをテーブルに置くと
しみじみリキを見つめる。
「だが、よく次々にそう質問が思い浮かぶものだな。
まあ、人に関心を持たれるのは悪い気はしないが」
リキは赤面すると、立ち上がりカフェを出る素振りをした。
「こんなのは素朴な疑問ってやつさ。
あんたの買い物とやらに付き合ってやるから急ぎな」
すでに、辺りは暗くなりかけていた。

「リキ!」
アパティアの部屋ではイアソンがリキの帰りを待っていた。
「イアソン、どうしたんだ。今日は来ないと言ってたじゃないか」
イアソンの顔色はいつもと変わらぬが、語調は微妙に苛つきを表していた。
「何事もなかったか?」
イアソンは入り口まで急ぎ足で駆け寄るとリキの肩をつかんだ。
「い、痛いぜ」
顔をゆがませるリキ。
「すまない。だが、何事もなくて良かった」
「何かあったのか?イアソン」
「今日、市庁舎に爆発物を仕掛けたバカがいる」
「爆発物?セキュリティは万全なのじゃないのか」
「内通者がいるということだろう。
緊急防護システムが作動して被害は一部で済んだが」
「イアソン」
「お前も何事もなくよかった」
「あんた、一体何を始めたんだ。誰が何を狙っているのか、イアソン、心当たりがあるんだろ?」

「ラウールのラボでの研究のことだろう。
私の指示だからな。私を狙ったんだろう。
だが、あの研究は一朝一夕に成るものではないがな」
「何なんだ一体、教えてくれたっていいだろ?」
「隠しておいたわけではない。
お前には関わりのないことだから言わなかっただけだ」
「だけど、命を狙われるなんてただごとじゃないぜ」
「ふ、心配してくれるのか?」
「今更、何を言っているんだ」
「ラウールのラボで研究しているのは、遺伝子操作による人間の延命技術だ」
「延命技術。そんなことやってんのか」
「遺伝子には人の一生に当たる情報が含まれているからな。
これを操作すれば永遠の若さを保てるのではないか、という仮説だ。理論上は可能だ」
イアソンは市民服の襟元をくつろげながら、ソファに深く腰掛けた。
「永遠の若さ?だって」
「リキ、私に何か酒をくれないか」
疲れを知らないこの男にも、気分転換は必要のようだった。
「不老不死。昔から人間が憧れていたことだろう」
「不老不死?何であんたが?」
リキはグラスを2つ取り出すと、ワインを注いだ。
「何で?何でだろうな、人工体である私が。
むろん、すぐにこんな研究が上手くゆくわけがない。気長に考えているさ。
だが、どんなに先が長かろうと、私が、生身の人間の延命を考えているのは事実だ。
アンドロイド化ではなく・・・な」
「そんな気の長い研究をよくラウールが首を縦に振ったな。
それに、あの大陸の購入や新しい施設ってのは?」
「商売人に商品が必要なように、
研究者には研究課題が幾らあっても良いものらしい。
大陸の件には、もっと別の理由がある。これは近々実現するものだ。
リキ、ワイングラスは2つはいらない」
イアソンは近づいてきたリキの姿を下からなめるように見上げた。
「大陸に作るのはコールドスリープ装置だ」
イアソンはリキからグラスを受け取ると
そのグラスから一口酒を口に含み
リキの身体を引き寄せた。

つづく