マンション・アパティア・7
イアソンは早朝、市庁舎でその宣言文を受け取った。
改めてテロ対策が執行されたばかりの所へ
その知らせはイアソン個人宛のメールとして到着した。
「リキを拉致しているだと?」
イアソンの代わりにメール内容をチェックしている担当係員は、あまりに静かなイアソンの反応に
かえって恐れをなした。
「カッツェを呼べ。今すぐにだ」
☆
「ハーベイのエアライナー・ステーション。ここは昔の終着地点ですが、今は使われておりません。あの辺りの鉱山が廃鉱になって以来、寂れたままですね」
カッツェは地図を広げて言った。
「ここに今日、15時に私一人で来いと書かれている」
「いやな招待状ですね。ここは周りを囲むにも見晴らしが良すぎる。敵も考えています」
「リキの命が最優先だ。それは分かっているだろう、カッツェ」
「むろんです。私があなたの身代わりになり出向きます」
「それは、ダメだ。姑息な手段ではリキは取り返せぬ。私が行く」
「ですが」
カッツェは言葉を止めた。
これ以上言ってもこの男が話を聞くとは思えなかった。
「では、これを」
カッツェはカプセルを取り出した。
「これは?」
「トレーサーです。万一のために」
「ふ、私もペット並みというわけか」
「イアソン」
イアソンはそれを一気に飲み込んだ。
☆
帰蝶がリキの不在を知ったのは昼頃のことだった。
カッツェから極秘に連絡が入ったのだ。
帰蝶は手がかりを探すためにリキの部屋に入り込んだが、何も見つけだすことは出来なかった。
「帰蝶!」
廊下でぼんやりたたずむ帰蝶は、呼ばれてびくりとした。
「クラヴィス!」
クラヴィスはエレベーターから駆け寄ってくるところだった。
「リキは?」
不安が秀麗な顔を曇らせている。
「クラヴィス、あなたお仕事は?」
「今朝から、水晶球が不吉な輝きを。気になって戻ってきたのだ」
クラヴィスは、ロックを解除すると水晶球が鎮座する自分の部屋に駆け込んだ。
帰蝶も後に続いた。
☆
カッツェはハーベイ平原のエアライナー・ステーションを遠巻きにして、
トレーサーを凝視していた。
イアソンがあの駅の廃屋に姿を消して、すでに5分以上が経過しようとしていた。
トレーサーは反応しており、万一に備える特殊工作部隊と精鋭の狙撃部隊が
ゆるやかな起伏の地形に阻まれながらも待機していた。
イアソンの行動が個人的なもので済まされるはずがなかった。
市庁防衛局ともすでにホットラインが開かれ
いつでも出動可能の状態に置かれていた。
午後の日射しが容赦なく照りつける砂地。
風が埃と砂を舞い上げ、視界は決して良好とは言えなかった。
☆
帰蝶とクラヴィスはアパティアの玄関を飛び出した所で
あの黒髪の宝石商とばったり出くわした。
「帰蝶さまに、クラヴィスさま。どうされたのです」
「それ、あなたの車ですか?」帰蝶がいつもに似ぬ早口で言う。
二人のただならぬ様子にオリヴィエは
こくりと頷くのが精一杯だった。
「ちょっと協力しておくれ」
そう言うと、帰蝶は車の後部ドアを開け、クラヴィスを押し込めると
いったんマンションの入り口に戻り、手に長い得物を持って帰ってきた。
「オリヴィエ、あなたも銃くらいは扱えるでしょう」と新型らしいブラスターを投げてよこす。
「はい、あなたも」クラヴィスにも同じようなものを握らせる。
「さあ、急ぎましょう、オリヴィエ。事情は行きながら話しますからね」
「行くって?どこへ?」
気の優しそうな男の表情にも緊張が走る。
「ハーベイ平原の廃坑、ダナバーン」
「ダナバーン、ですか?」
☆
そのころ、ハーベイ・ステーションでは、
緊急事態となっていた。
イアソンのトレーサーが反応しなくなったのだ。
すでに数刻前に、狙撃隊も工作隊も突入を果たしていた。
が、人っ子一人見あたらない。
見つかったのは、地下に掘られた横穴。
それは急ごしらえらしくねじ曲がって進みながらも、
先はこの地域の各廃坑を結ぶ、連絡通路に繋げられていた。
古びた、今は誰も訪れることのない一連の廃坑は
その昔、ダナバーンと呼ばれていた。
もはや、躊躇している暇はない。
カッツェは市庁防衛局にホットラインを繋ぎ、緊急出動を要請した。
このダナバーンを根こそぎ捜索するしか、手は残されていないのだ。
怒り狂ったラウールがここを訪れるのも間もなくだろう。
カッツェはたばこに火をつけては消し、青ざめた表情で
砂嵐の様相を呈してきたハーベイ平原に立ちつくしていた。
☆
そのころ、ダナバーン外れの廃坑前に3人の男は到着していた。
今にも崩れ落ちそうな外壁、迷路のような内部。
彼らの目の前に広がるのはもっとも古い部類の廃坑だった。
☆