マンション・アパティア・7

イアソンは早朝、市庁舎でその宣言文を受け取った。
改めてテロ対策が執行されたばかりの所へ
その知らせはイアソン個人宛のメールとして到着した。
「リキを拉致しているだと?」
イアソンの代わりにメール内容をチェックしている担当係員は、あまりに静かなイアソンの反応に
かえって恐れをなした。
「カッツェを呼べ。今すぐにだ」

「ハーベイのエアライナー・ステーション。ここは昔の終着地点ですが、今は使われておりません。あの辺りの鉱山が廃鉱になって以来、寂れたままですね」
カッツェは地図を広げて言った。
「ここに今日、15時に私一人で来いと書かれている」
「いやな招待状ですね。ここは周りを囲むにも見晴らしが良すぎる。敵も考えています」
「リキの命が最優先だ。それは分かっているだろう、カッツェ」
「むろんです。私があなたの身代わりになり出向きます」
「それは、ダメだ。姑息な手段ではリキは取り返せぬ。私が行く」
「ですが」
カッツェは言葉を止めた。
これ以上言ってもこの男が話を聞くとは思えなかった。
「では、これを」
カッツェはカプセルを取り出した。
「これは?」
「トレーサーです。万一のために」
「ふ、私もペット並みというわけか」
「イアソン」
イアソンはそれを一気に飲み込んだ。

帰蝶がリキの不在を知ったのは昼頃のことだった。
カッツェから極秘に連絡が入ったのだ。
帰蝶は手がかりを探すためにリキの部屋に入り込んだが、何も見つけだすことは出来なかった。
「帰蝶!」
廊下でぼんやりたたずむ帰蝶は、呼ばれてびくりとした。
「クラヴィス!」
クラヴィスはエレベーターから駆け寄ってくるところだった。
「リキは?」
不安が秀麗な顔を曇らせている。
「クラヴィス、あなたお仕事は?」
「今朝から、水晶球が不吉な輝きを。気になって戻ってきたのだ」
クラヴィスは、ロックを解除すると水晶球が鎮座する自分の部屋に駆け込んだ。
帰蝶も後に続いた。

カッツェはハーベイ平原のエアライナー・ステーションを遠巻きにして、
トレーサーを凝視していた。
イアソンがあの駅の廃屋に姿を消して、すでに5分以上が経過しようとしていた。
トレーサーは反応しており、万一に備える特殊工作部隊と精鋭の狙撃部隊が
ゆるやかな起伏の地形に阻まれながらも待機していた。
イアソンの行動が個人的なもので済まされるはずがなかった。
市庁防衛局ともすでにホットラインが開かれ
いつでも出動可能の状態に置かれていた。
午後の日射しが容赦なく照りつける砂地。
風が埃と砂を舞い上げ、視界は決して良好とは言えなかった。

帰蝶とクラヴィスはアパティアの玄関を飛び出した所で
あの黒髪の宝石商とばったり出くわした。
「帰蝶さまに、クラヴィスさま。どうされたのです」
「それ、あなたの車ですか?」帰蝶がいつもに似ぬ早口で言う。
二人のただならぬ様子にオリヴィエは
こくりと頷くのが精一杯だった。
「ちょっと協力しておくれ」
そう言うと、帰蝶は車の後部ドアを開け、クラヴィスを押し込めると
いったんマンションの入り口に戻り、手に長い得物を持って帰ってきた。
「オリヴィエ、あなたも銃くらいは扱えるでしょう」と新型らしいブラスターを投げてよこす。
「はい、あなたも」クラヴィスにも同じようなものを握らせる。
「さあ、急ぎましょう、オリヴィエ。事情は行きながら話しますからね」
「行くって?どこへ?」
気の優しそうな男の表情にも緊張が走る。
「ハーベイ平原の廃坑、ダナバーン」
「ダナバーン、ですか?」

そのころ、ハーベイ・ステーションでは、
緊急事態となっていた。
イアソンのトレーサーが反応しなくなったのだ。
すでに数刻前に、狙撃隊も工作隊も突入を果たしていた。
が、人っ子一人見あたらない。
見つかったのは、地下に掘られた横穴。
それは急ごしらえらしくねじ曲がって進みながらも、
先はこの地域の各廃坑を結ぶ、連絡通路に繋げられていた。
古びた、今は誰も訪れることのない一連の廃坑は
その昔、ダナバーンと呼ばれていた。
もはや、躊躇している暇はない。
カッツェは市庁防衛局にホットラインを繋ぎ、緊急出動を要請した。
このダナバーンを根こそぎ捜索するしか、手は残されていないのだ。
怒り狂ったラウールがここを訪れるのも間もなくだろう。
カッツェはたばこに火をつけては消し、青ざめた表情で
砂嵐の様相を呈してきたハーベイ平原に立ちつくしていた。

そのころ、ダナバーン外れの廃坑前に3人の男は到着していた。
今にも崩れ落ちそうな外壁、迷路のような内部。
彼らの目の前に広がるのはもっとも古い部類の廃坑だった。

つづく