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映画「御法度」には不可解なところがあります。
「御法度」は肝心のところがなにも描かれていない映画といえるでしょう。
例えば、本当に田代と惣三郎はできていたのか、惣三郎が好きだったのは沖田だったのか、湯沢を斬ったのは誰か、山崎を襲撃したのは誰かetc...
観客は土方と同様に噂をもとに憶測を展開していきます。 |
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ラスト「ええっ、これで終わり?」。 惣三郎と沖田はどうなったの? |
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沖田は惣三郎を始末しに四条河原へ戻りました。
田代の言葉によって、惣三郎の罪が明らかになったから。
沖田は土方に特に説明はしませんが、土方の表情からそのことを納得していることが窺えます。
斬られたのは惣三郎です。 |
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惣三郎と田代の決闘の場面で、聞き取れないあの言葉。惣三郎は何と言ったの? |
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「もろともに、もろともに」
※もろともに=一緒に
解釈・その1)
田代と惣三郎の寝所で交わしていた本当の睦言だった。
田代にやられそうになり戦意をくじくために惣三郎が言った。
この場合、「もろともに」は一緒にイクといったような意味。
解釈・その2)
田代の言葉を沖田と土方に聞かれた惣三郎は、いずれ自分も始末されると思った。
田代に斬られても、仮に斬られなくても、自分に死が訪れるのは明らか。
そこで最後の瞬間に田代に心中を誘う言葉をささやく。
この場合、「もろともに」は一緒に死んでくれ、といった意味合いになる。
浅野さんはインタビューで、あれは田代の気持としては心中です、と語っている。
「もろとも(諸共)」が使われる文例。
「死なばもろとも」
「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに しる人もなし 前大僧正行尊」 |
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惣三郎は本当に願をかけていたの? その願ってなに? |
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前髪を伸ばしていることそのものに意味がある。
前髪を切る=成人男子になるという意味。
衆道では前髪を切る=色子(男から愛される)関係からの卒業を意味する。
惣三郎は18歳で、もうとっくに前髪を切ってよい年頃。
しかし、まだ男から愛されたいと思っていたのだろうか。
それも特定の男に。
うがって考えれば「沖田に愛されたい」という願をかけていたのかもしれない。
一方で、特定の願をかけていたわけではなく、その場の言い逃れのために惣三郎が「願をかけております」と言った可能性もある。
ちなみに、「御法度」というタイトルに決まる以前に、大島渚監督が考えていた本作のタイトルは「前髪(MAEGAMI)」であった。 |
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惣三郎は沖田が好きだったの? |
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