〜金色の午後

光の守護聖が森の湖へ近づくと少女が泣いている。
「先ほどきつく言い過ぎたか」
物陰からその女王候補の様子を見つめる。
「ばかねえ、あんた。誰もあんたのこと嫌って言ってるんではないことよ」
ちょっときつめの甲高い声が聞こえる。
「守護聖さまたちは宇宙を支える女王候補を決める大事な試験だからこそ、こうして厳しくなさっているんだわ。そんなことも分からなくてめそめそしてるなんて、ほーんとにあんたって・・・。それでも女王候補なの」
「う、うん」
(もう一人の方は、さすがにしっかりしている・・・。)
「ロザリアは寂しくないの?」
「ええ?」
「だって、お父さんやお母さんや友だちと、もしかしたらもう二度と会えないかも知れないのに・・・」
「・・・。そんなことは大きな使命のためには我慢しなければならないでしょ。当たり前じゃない」
「うん、だけど・・・」
「その大切な人たちの住んでる宇宙を守る・・・これほどの使命がほかにあって?」
と、生まれながらの女王候補は胸を張る。
(ほお・・・。)
「ただ、私は困ったときに相談したり、話し合ったりできる人がほしいの」
いまだしょんぼりと肩を落としている金の髪の女王候補を気にかけつつも
光の守護聖はそっと物陰を離れた。
「ますます、あんたはバカねぇ。ここにこんな立派な相談相手がいるじゃない」
「・・・それは・・・ロザリアのこと?」
「・・・あんたって人は、ホントに、やってられないわね・・・」

「ジュリアスさま」
オスカーがジュリアスの執務室に入ると、光の守護聖は少し驚いたように振り返った。
美しい絹の衣装を優雅にひるがえし、ジュリアスはそれまでいた窓際から執務机の前へ進んだ。
「ご依頼のあった王立研究院最新の惑星データです」
と、オスカーは机に書類を置いた。
「やはり、アンジェリークとロザリアの格差は広がるばかりですね」
それを手に取るとジュリアスは素早く目を通した。
「決して、できぬ娘ではないと思いますが・・・。何かが大陸の発展をじゃましているのでしょうか」
「オスカー、わたしはこれから、女王陛下のお召しにより主星へ戻らねばならぬ。この結果も報告せざるをえないだろう」
「ええ、しかし、まだ育成は始まったばかりですから」
長い目で見れば・・・とオスカーは語っているようだった。

「どうする、ジュリアス」
女王陛下謁見より帰宅の道すがら、自分に問う。
「このまま、様子を見るのも一つの方法だ。しかしあの娘も選ばれし女王候補・・・」
しばらく立ち止まって考えた後、ジュリアスはルヴァがいるであろう飛空都市図書館へ向きを変えた。

「ジュリアスさま、失礼します」
執務室へ入ってきたアンジェリークは、さすがに緊張した表情だった。
呼び出しを受けるのなど初めてのことなのだ。
「そなたの育成、思うように進んでおらぬようだが」
単刀直入の言葉に、アンジェリークは少し顔をこわばらせた。
アンジェリークを見つめる光の守護聖の表情からは何も読みとれない。
「そこで、提案だが、これからしばらく特別授業を受けてもらおうと思う」
「特別授業・・・ですか。はっ、はい」
「ルヴァに指示をしておいたので今から会ってくるがよい」

アンジェリークはジュリアスの笑顔というものを一度も見たことがない。
執務室に育成の願いに訪れても、いつも何かしらの執務に取り組んでいる。
筆頭守護聖として常に忙しいらしく、夜遅くまで明かりが点っているのは光の執務室であった。
そのせいか・・・、女王候補に愛想よく気配りをするなどという気は、この光の守護聖には更々ないようであった。
一度、闇の守護聖とやりあっている場面に遭遇したことがある。
「そなたの職務怠慢ぶりにはあきれるばかりだ」
ときまじめな青年守護聖は声を荒げる。
闇と光の間に沈黙が流れ、依頼に訪れたアンジェリークもさすがに執務室にいたたまれなくなって退散した。
自分にも他人にも厳しい方なのだろうけど・・・、
不思議に気になる方だ、とアンジェリークは思った。
もっと知りたい・・・だけど、目の前にその怜悧な表情をみると言葉も心も後へ退いてしまうのだった。

「やあ、よくいらっしゃいました」
ルーペで調べものをしていたルヴァは顔を上げ、にっこりとアンジェリークにほほえみかけた。
「さあさあ、そんなところで立っていないで、こちらへ」
と、アンジェリークのために椅子を引く。
「ほおら、ごらんなさい。これがあなたの大陸で発見された新たな植物ですよ〜」
「ええっ?」
アンジェリークはそれまでしょんぼりしていたのがうそのように、ルヴァのそばに駆け寄りルーペを覗いた。
「きれいな葉脈でしょう。とても美しいですね〜」
「はい、ルヴァさま」
そういうとアンジェリークは懐からごぞごそとメモノートを取り出す。
手早く特徴などを記入している様子が、いかにも気まじめそうでルヴァは少し笑った。
「ホームシックは乗り越えましたか」
クスとルヴァが笑う。
「ロザリアが心配していましたよ」
「す、すいません、ご心配掛けて・・・」
「ところで、思うように育成が進んでいないようですが」
「・・・はい、もうそろそろ人も増えてにぎやかになるかなと楽しみに待っているのですが・・・」
「大陸育成には、いろいろな要素がからみあっていますからね・・・」
「はい、ルヴァさま」
「ジュリアスが心配して、少しだけ特別授業を用意してくれたんですよ」
「・・・」
「あなたは今のままでも十分よくやってらっしゃると思いますが。まあ、ジュリアスはあのような方ですから、成果が気になるのでしょうね」
「はい」
「あなたはいつも通り育成を行い、その日の日課が終了したらこの飛空都市図書館の特別閲覧室においでください。さっそく来週の月の曜日からですよ」

ルヴァと会った帰り、図らずも再び廊下でジュリアスとばったり遭遇したアンジェリーク。
ジュリアスはオリヴィエと珍しく立ち話をしていた。
「まあ、ジュリアス、あんたがそんなことするなんてさ。ルヴァに聞いてびっくり。天変地異が起こらなければいいけど」
「ふん、まあいい。そなたには直接関係のないことだ」
「私だってあの女王候補のことは気に掛けてるんだよ〜。いい娘なのに、なかなか育成が進まなくて落ち込んでるみたいだし・・・、おや噂をすれば・・・」
「こんにちは、オリヴィエさま、ジュリアスさま」
「やあ、お元気ぃ?たまには私の部屋にもおいでよ。そのぴちぴちしたお肌をもーっとキレイにしてあげるからさぁ」
「あ、ありがとうございます」
ジュリアスは無言だ。
「あ、あの月の曜日から図書室で課外授業を受けることになりましたので・・・」
「おやおや、アンジェ頑張っているねぇ。努力すればきっといいことあるよぉ。だけど、私はあんたが努力してないなんて、ちっとも思ってないけどね。みんなそれぞれのやり方ってモンがあるんだから、焦ることないよ」
「オリヴィエさま」
「そうそう、あんたはその笑顔がいいんだよ」
「オリヴィエ、では、私は行くが」
「あ、ジュリアス・・・まだ話は終わっちゃいないよ」
「あの、わ、わたし、これで失礼します」アンジェリークはそういうと、その場を離れた。
「・・・あれぇ。ジュリアス、あんた怖がられてるよ、アンジェリークに。間違いないね。だって彼女いまの間、ろくろくあんたの顔見られないみたいだったし」
「オリヴィエ、もう失礼するぞ」
「あっ、待ってジュリアス。わたし、今と〜ってもいいこと思いついたんだ、聞いてよー」

「だから、そうしないとうまく行かないよ。あの娘、あんたの前じゃろくに口もきけないじゃないか。だからさ。成果はあげて初めて成果なんだよ。そのためには努力しなくっちゃ、あんたが一番うるさく言ってることじゃないか」
「オリヴィエ、そなたは・・・本当によく喋る」
「うふっ、ごめんねージュリアス。きっとうまく行くからさ」

「いらっしゃい、アンジェリーク」
特別閲覧室で待ち受けていたのは、ルヴァではなくスラリとした眉目秀麗な女性だった。
「わたくしが、これからしばらくあなたの特別授業を受け持つヴィクトリアと申しますの。よろしくね」
眼鏡の奥の美しい切れ長の瞳を細めて、ヴィクトリアは手を差し出した。
その輝く知性と存在感に圧倒されて、アンジェリークもいつのまにか手を差し出していた。
「さあ、さっそく始めましょうか、今日は惑星の成り立ちからですわ」
アンジェリークはヴィクトリアの横顔を眺めた。
ムダのない会話、賢そうな瞳、惹かれずにはいられない秀麗な容貌。
こんな方こそ、女王にふさわしいのでは・・・。
「ほほ、わたくしはルヴァさまとは研究仲間ですのよ。いつもは聖地の図書館に勤務いたしております」
それ以上は答えず、てきぱきと授業を進める。
「なんだか、楽しいな。ふふ」アンジェリークはにっこり笑った。
午後の光が特別閲覧室に射し込む頃までその授業は続いた。

「あっ、ジュリアスさま」
森の湖に近づいたとき、茂みの陰からアンジェリークが現れて、光の守護聖は驚いた。
「これ、見てください」
にこにこと近づいてくる。
「ほうら」
楽しそうに差し出す手には、小さなカエルがちょこんとのっかっていた。
「・・!」
「あれ、お嫌いですか?これは、こないだまでこんなちっちゃなおたまじゃくしだったんですよ。うふふ」とさも楽しそうだ。
「オリヴィエだったら失神するぞ」と内心思いながら、ジュリアスは立ち去ろうとする。
「これ毒があるんですよ」
ジュリアスが立ち止まる。
「でも大丈夫。小動物でなければ気にするほどのことはないんです」
立ち去りかけたジュリアスが振り返る。
「この湖。実の生る草が豊富ですよね。きっとこのカエルが小動物から守っているんだと思います」
そして、もう一方の手にあった一粒のイチゴを差し出した。
「一つくらいいただいても罪になりませんよね・・・ふふ」
ジュリアスはアンジェリークの差し出すそのイチゴを思わず受け取っていた。

「こんにちは」
アンジェリークは、光の執務室に依頼に訪れた。
執務に取り組んでいた守護聖はゆっくりと顔をあげアンジェリークに目を移した。
あら・・・初めてまともに顔を見ていただいた気がする・・・。
「依頼はなんだ」
「育成をお願いします」
「・・・」
「ジュリアスさま?」
「これほど、育成に差が出ているのだ。妨害を頼んでもかまわぬが。それも女王の器のうちなのだからな」
「・・・そうですね。いつかお願いする時がくるかも知れませんが。でも、今は育成をお願いしたいです」
「そうか。では光の持つ誇りをそなたのエリューシオンに送るとしよう」

「アンジェリーク、遅くなってごめんなさいね」
急いだ様子でヴィクトリアは閲覧室に現れた。
アンジェリークは熱心にメモノートを作っている。
「それは?」
「はい、エリューシオンにこれまで育った植物や動物などをできるだけメモしているんです」
「ほお、どれどれ・・・。鉱物なども記述してありますね」
「はい、ルヴァさまにお聞きしながら」と楽しそうに言う。
「何だか、今日はうれしそうですね」
「・・・ええ」クスリと思い出し笑いをするアンジェリーク。
「何だか、気になりますね」
「ヴィクトリアさん。ジュリアスさまっていつもお忙しい方ですね」
「・・・」
「にっこり笑ったりとか、冗談を言ったりとかなさらない方ですよね」
「アンジェリーク、そんななぞなぞのような言い方では何をおっしゃりたいのか分かりませんけど」
「私たち女王候補のことを考えてくださって、宇宙全体のことを考えてくださって、守護聖さまの統一を図って・・・日夜努めいらっしゃるんです。なんだか嬉しくなって・・・あんなに、素晴らしい方が身も心も捧げてくださっていると思うと」
「アンジェリーク・・・」
「私って変ですか?」
「・・・アンジェリーク、変ではありませんが・・・。あ、ところでこれは?」
「ああ、それは。・・・フェリシアの」
「フェリシア・・・ロザリアの大陸ですね。あなたは相手の大陸のこともこんな風にメモしているのですか」
「・・・少し・・・気づいたところだけですけど」と急にアンジェリークは瞳を曇らせた。

「ジュリアスさま」
血相を変えたオスカーがジュリアスの執務室の扉を押し開いた。
「お探ししました、いったいどちらへ行かれていたのです」
ジュリアスはただならぬオスカーの様子に執務室の椅子から立ち上がった。
「それが大変なことに・・・」

王立研究院に、三々五々守護聖が集まってきていた。
「報告せよ、パスハ」
「はい、ジュリアスさま」
パスハは守護聖全員が揃ったのを見計らって報告を始めた。
「ロザリアのフェリシアで疫病が発生しております」
「疫病が・・・」
守護聖がざわめいた。
「それも、かなり強力な生命体のようで、異常な繁殖力で増殖しています。すでにフェリシアの住民の大半がキャリアとなっている模様です」
「疫病の発生も育成のうち・・・では」
ジュリアスが問った。
「ジュリアスさま、仰有るとおりです。ただあまりの勢いにて、このままではフェリシアの住民は壊滅。そればかりでなく、このままではエリューシオンにも波及いたします。女王候補の育成にゆだねたままでよろしいのでしょうか」
「・・・」
「中央の島で二つの大陸はつながっております、ジュリアスさま」オスカーが心配そうに言った。
「この疫病の性質を報告せよ」
「は。潜伏期間は約三週間。発病して二、三週間程度が生命の維持できる限度です。しかし、すでに発病しているものも多数おります。さらに、今のところこれに対抗する血清などは大陸では開発されていません」

しばらくしてこの報告を受けたロザリアは真っ青になった。
「わたしのフェリシアが・・・」言葉を失った。
みなロザリアが一心に育成に励んでいるのを十分に知っていた。
「ロザリア」アンジェリークが崩れそうになるロザリアの身体を支えた。
「アンジェリーク。そなたの大陸も時間の問題のようだ」ジュリアスが言った。

「大陸育成は白紙に返るのか・・・」オスカーがルヴァに言う。
「何事もまったく白紙に返ると言うことはありませんが、この惑星の人類はいったんは滅亡する・・・そうなるかもしれません・・・」
「いずれにしても、我々がじかに介入することはできまい」
「そうですね。それに我々が介入したからといってこの摂理をとめるほどの力はありませんし・・・。大陸育成はこのまま続行するより方法はありません、どのような方向へ向かうかは誰にも予測はできませんが」とルヴァが付け加えた。
「ルヴァの言うとおりだ。確かにこれは女王試験ではあるが、惑星の住民自身が乗り越えるべき歴史であり試練なのだ。女王候補もあきらめることなく、これまで通り育成に励むこと。もしいまある人類が壊滅すれば・・・再び生命の誕生を待つ・・・それだけだ」ジュリアスは最後の言葉を伝えるときその美しい相貌をつらそうにゆがめた。

翌日、フエリシアの住民はすでに半数余りに減少していた。
夜も寝られなかった様子がよく分かるロザリアがうろうろと王立研究院を歩き回っている。
それを気にかけつつもアジェリークは飛空都市図書館、特別閲覧室へ向かった。

「大変なことになっているようですね」
「はい」
「今日はあなたはここへ来ないか、と思っていましたけど・・・」
「ヴィクトリアさん。フェリシアでできることが必ずあるはずです。エリューシオンも・・・」
「そうですか。あなたがそう言うなら・・・」
ヴィクトリアは昨日と同じように分厚い書物を開いた。
「それではいつも通り勉強を始めることに致しましょう」
「その前に、ヴィクトリアさん、これを調べたいのですけど・・・」
アンジェリークが差し出したのは、ルヴァが先日研究していた、エリューシオンで最近発見された植物だった。
「これを?」
「はい、わたしが知っているこれに似た植物は、疫病に対する血清の役割をするんです」
「・・・ほお。それは、興味深いですね」
改めてヴィクトリアはこの小さな少女を眺めた。
最初はどこにでもいる普通の少女と変わらない、そう思えたが・・・。その瞳は真剣そのものだった。

その間守護聖たちが手をこまねいていたわけではない。
水の守護聖が珍しく中央の島にシールドを張り、疫病の伝播を防いでは・・・と提案した。
しかし、これまで守護聖たちがそのような形でじかに介入することはなかった。
また、それほどの成果は得られないだろうという意見も上がった。
動植物などを介して、すでに両大陸は同様に汚染されているに違いなかったからだ。

アンジェリークとロザリアはお互いの大陸を祈るような気持ちで見つめ、それでも守護聖たちの力を借り、育成に力を注いだ。

炎の力が望まれていた。
もはやわずかの民しか残らぬ息も絶え絶えのはずのフェリシアで・・・。
一方で、エリューシオンでは緑のサクリアが大きく求められていた。

「これは、どういうことなのだオスカー」
「分かりません。フェリシアの人口減に歯止めがかかったようです」

「エリューシオンに飛び火していた疫病も収束の様子をみせています」
パスハが報告した。
「いったい何が起こったというのだ」ジュリアスがとまどいの表情で尋ねる。
「血清が開発された模様です」
「あの、わずか数週間でか?」
「フェリシアの先端文明とエリューシオンの豊富な自然が生み出した奇跡です」
そういいながら、パスハは一つの植物を提示した。
「これが血清の源です。エリューシオンにはこのような植物が豊富に群生しており、見事なまでの自然治癒サイクルをつくりあげています」

こうして、ようやく二大陸の様子が落ち着きを見せたころ、
炎の守護聖は光の執務室を訪れた。
「オスカー、ご苦労だった」
「ジュリアスさまこそ」
「・・・オスカー」
ジュリアスは少し疲れた表情を浮かべているように見えた。
「あれから毎晩、フェリシアに光のサクリアを送られていたこと・・・このオスカーが知らぬと思いますか」
「守護聖が勝手に力を送ることは禁じられている」
秀麗な横顔をぴくりとも動かさず、光の守護聖は言った。
「そう・・・でも、そうすると我々はよってたかって禁忌を犯していたことになりますね」
「オスカー・・・そなたも・・」
「少しだけですが。病に打ち勝つ強さを・・・」
「そうか」
「あの闇のお方さえも」
「ふ・・・。そうか、そうだったのか」
「しかし、あの血清のもととなった植物は最近生まれた新たな種だとか。まるでこの事態を予想していたようですね」
「オスカー、よく見たか。エリューシオンにはあの植物だけではなく、土にも水にも見事な自然治癒サイクルが形成されているのだ。多少の歴史のゆらぎは吸収してしまえるほどのな。アンジェリークの大陸育成に時間がかかっていたのは当然だ。発展が遅いと心配していたエリューシオンは、実は不測の事態にも堪えて乗り越えるだけの目に見えぬ力を培っていたというわけだ」

金の曜日。
授業を受けるためにアンジェリークは特別閲覧室に向かった。
「もうあなたにお教えすることはありませんね。今日を最後の授業と致しましょう。最後に・・・今日は良いところへ連れていってあげましょう」
アンジェリークの訪れを待っていたヴィクトリアはアンジェリークを外へと連れ出した。

金色の髪をなびかせて馬をかるヴィクトリアはアンジェリークが見てもほれぼれする美しさだった。
その胸に抱き取られて馬に乗せられたとき、
どきどきしてしまう自分が恥ずかしかった。
「乗馬、お上手なんですね」
「ええ、わたくしの趣味の一つなんですよ」
「ほら、ごらんなさい」
そこに開けるのは飛空都市の全貌だった。
ぽっかりと浮かぶ雲・・・。
それと同様に飛空都市も吸い込まれるような青空に草原の浮き城のように漂っているように見えた。
「すてき・・・」とアンジェリークはため息をついた。
「こんな素敵な風景があるなんて知りませんでした。ヴィクトリア」
「女王陛下はこの心地よい風にも広がる大地にも、この小さな花たちにも命を注いでいらっしゃるのですね」
「ああ・・・」アンジェリークは目を輝かせた。
「・・・ありがとうアンジェリーク。この数日間、見えなかったものが見えたり、知らなかったことを知ったり。わたくしはとても楽しかった。あなたのお陰ですね・・・」ヴィクトリアはやさしい瞳をアンジェリークに向けた。
「遠回りでも信じた道を進んでいるのですね、アンジェリーク。あなたにお会いできてよかった・・・と思いますよ」

飛空都市を見晴らす小高い草原に立ち、
わずか一週間の教師と生徒はいつまでもいっしょにその景色に見とれていた。

「ジュリアス、たまにはいらっしゃいね〜」
「もう二度とごめんだ」と内心思いながら、オリヴィエの執務室を去る。
いつもにも増して忙しく、難題にも直面した一週間をジュリアスは振り返る。
しかし、思いのほかの成果もあった。
アンジェリークの信頼に満ちた瞳・・・
光の執務室でも見せてくれるだろうか・・・。
そう思いながら、ジュリアスはこの一週間で山積した仕事をかたづけに、ゆっくりと聖殿の廊下を歩いて執務室へと向かった。

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