「私は、お前を愛することはできない。」
それは限りなく平らかな口調だった。
だが、女は決してその背から離れようとしなかった。
「せめて、お傍に置いて下さい…今宵だけでも…。」
引き寄せるでもなく、振り払うでもなく、女の思うままに任せた。
暫くして、女のか細い腕を掴んだオーベルシュタインは
「お前が望むなら、そうすればよい。」
と静かに言った。
…そして、二人は共に夜を過ごした。
翌朝、女が目覚めたとき、
オーベルシュタインの姿は既に無かった。
女の傍らにあるはずの温もりは、現の世界へと舞い戻っていた。
何者も頼ることのできない、
猜疑と敵視のなかへ、その身を投じていたのである。
たった一人残されたが、
それでも女は幸せだった。
言葉にこそ表してはくれないが、
普段は冷たく閉ざされた心の端に
自分だけが触れられたように思えてならなかったのだ。
女は誓った、
『わたしは、この方と共に歩む』と…
それから月日は経った。
或る日、私邸へ戻ったオーベルシュタインは、
女の姿が無いことに気がついた。
ゆっくりと辺りを見まわした後、微笑した。
何故、女はいなくなったのか…
語らずとも、わかったのである。
窓辺に飾られた一厘の花−桔梗−は、
変わらぬ愛を示していた。
たくみともみさま 作
26000ヒットのお祝いにいただいたオーベルシュタイン様です。
ありがとうございました。