天使の妄想

「クラヴイスはおらぬか!あやつめ、今日も朝から姿を見せぬ。
しかし、執務室にも私邸にも見あたらぬとは、どういうことなのだ」
朝からジュリアスは不機嫌だ。
「誰でも良い、クラヴィスを探してくるのだ」
女王陛下から筆頭守護聖二人の呼び出しがあったのだ。急がねばならぬというのに。
なのに・・・あやつめ。肝心のときにはいつもおらぬ。

「あ、クラヴィスさま、こんなところで寝てらっしゃったんですか。
ジュリアスさまが、ああっ」
チュピを探して森に入ったマルセルが、大きな木の根元で横たわるクラヴィスの姿を発見。
ゆすり起こそうと、かがみ込むと、クラヴィスの瞼がぱっちりと開き、
アメジスト色の潤んだ瞳がマルセルを捉えた。
と同時にマルセルはクラヴィスの大きな腕でぐいと抱き寄せられた。
「マルセル、お前の金の髪は美しい・・・」
「キャ、キャーッ」
森にマルセルの叫びが響きわたった。

閑話休題

マルセルはチュピのことなどすっかり忘れ、宮殿へ飛ぶように走っていた。
クラヴィスはマルセルの髪をいとおしそうに眺めると、その束ねた毛先をつかみ唇にあてたのだ。
「キャー、キャー、きゃあああ」
マルセルはその光景を思い出しては叫び、飛び上がり、
何度となく障害物も何もない小径ですっころんだ。
もちろん途中で、出会ったルヴァにもまったく気づかなかった。

「おや、おやクラヴィス、こんな所でお昼寝でしたか」
(まだ、朝だっちゅーねん。)
「あらら、まあ口元によだれまで・・・。よほどお疲れなのですね。拭いてさしあげましょう」
と、よく見ると口元にきらきら光るのはよだれではなく、数本の金色の髪の毛・・・。
金の髪ごとしっかりと捕獲されたマルセルが、クラヴィスの手から逃れるために残したものだった。
「これはー」と確かめるように眺めているルヴァの目の前で、
クラヴィスの口元がうっすらと開き笑みを浮かべた。
それと、ルヴァが心なしかスースー涼しい自分の頭に気付くのは同時だった。
「このようなもので隠さずともよいものを・・・」
クラヴィスの右手にはひ〜らひ〜らとターバンが心地よさそうになびいていた。
間髪をいれずクラヴィスは、素頭のルヴァをフトコロにぎゅうといわんばかりに抱きしめた。

「おい、そんなところで何をしている、リュミエール」
森の湖の前でぼんやりたたずむ水の守護聖を見つけたオスカーは
いぶかしげに近づいていった。
「おい、それは何だ」
リュミエールが片手に握りしめているのはまぎれもなくルヴァのターバン。
もう一方の手は薄く形の整った自らの唇にあて、頬はほんのりと上気している。
「クラヴィスさま・・・」
水の守護聖は遠い目をして、ぽそりとつぶやいた。

オスカーは急ぎ足で、宮殿に向かっていた。
「リュミエールに見られなくてよかった」
オスカーは、首筋に張り付いた特大のキッスマークを大きな襟で隠した。
もし、クラヴィスさまに、あ〜んなことや、こ〜んなことをされたとリュミエールに知られたら・・・。

大胆な愛情表現にすっかり疎くなってしまっている守護聖たち
クラヴィス・シンドロームは思いの外の影響力で広がっていた。

うっとりとした瞳の守護聖や、とまどいの表情を隠せぬ守護聖たちであふれた宮殿の中で、
唯一無被害のジュリアスはイライラと部屋の中を歩き回っていた。
「これだけ守護聖がいて、クラヴィス一人探せぬとは」
こうして、肝心のクラヴィスが現れたのは、夕暮れも近づいた頃だった。
「どうしたのだ、そのようにうつろな目をして。急ぐぞクラヴィス」
肩でぜーぜーと息を付き、まっすぐ歩けぬほど、へろへろにへたったクラヴィスを引きずるようにして、ジュリアスは謁見の間へ向かった。
万一を考えて謁見を夕刻に変えてもらった判断力は、さすがジュリアスだったが、
クラヴィスの異変に全く気づかぬのもさすがジュリアスだった。

「どうなさいました、クラヴィス。お顔の色が優れぬようですが」
ディアが心配そうに聞いた。
「そのようなことはありませぬ。危急の呼び出しにも関わらずこのようにお待たせいたしまして申し訳ございませぬ。さっそく女王陛下に謁見を」
あふあふ、と言葉もままならぬクラヴィスをさしおいて、ジュリアスが答えた。
「実は、王立研究院によると最近森の湖の近くでこのようなキノコがたくさん発見されたのです」
ディアの手にあるのは可愛らしいピンク色のキノコだった。
「これは毒キノコの一種で、強烈な媚薬(惚れ薬)なのです。一般の人々も出入りする湖なのでパスハに申し伝えて一掃させましたが、何か起こってからでは遅いので・・・。念のため、お二人にもお知らせしておきたいのです」
「なるほど承知しました。して、その症状は?」
「媚薬であることは結構なのですが、食するとしばらくの間、体力の著しい低下を見せるのです」
ディアの視線はちらっとクラヴィスに向いた。
「いまのところ、何の被害もないようですが、守護聖の長として徹底的に監督に努めます」
こう断言したジュリアスは、再びクラヴィスをズルズルと引きずりながら退室した。

「女王陛下」
ディアは、そそくさと謁見の間を退出しようとする女王陛下を差し止めた。
「夕べ、女王陛下のご指示でクラヴィスさまにお届けしたアイリッシュカフェ。そういえば、いつもより香りがきつうございましたが・・・」
「・・・あ、ああ。だってディア。これはわたくしの退職準備なのよ」
「退職準備?」
「わたくしのサクリアもあとわずか、なのにあの方のサクリアはお元気そのもの。何とかなるものなら、なんとかしたい・・・わかるでしょ、ディア」
「だからといって・・・クラヴィスの体力を弱らせてどうするんです」
「あんな風になるとは、思わなかったのですもの。
でもそれならせめて、媚薬が効いているあいだにお会いしたかったわ」
「女王陛下っ」

「あのー、わたしはもうあなたの前でターバンをするのはやめました」
執務室の椅子に座り、クラヴィスはルヴァの言葉にとまどっていた。
「ピンポーン」(執務室にベルはあるのか?)
「やれやれ、これで今日は何人目の客人か」
リュミエールがしずしずと竪琴をかかえて入ってきた。後ろで心配そうにオスカーが見守っている。
「今日は、折り入ってご相談があるのです」
ルヴァが頬を紅潮させたまま退室していった。
「リュミエール、みなまで言うな。秘密は守れるとか、男同士でもかまわぬとか、そのような話なら聞きたくはない」
「ほおら、だからやめろと言ったんだリュミエール」
見るからにしょんぼりと戻ってきたリュミエールを慰めながらオスカーは心の中でつぶやいた。
「何しろ、あ〜んなことやこ〜んなことをされた俺さまにかなう者などいないだろうからな」
クラヴィスは執務室の扉の向こうのからみつくオスカーの視線に総毛だつ思いがした。

森の湖の巡視をするからと、ジュリアスに呼び出されていたが、これでは出掛けるどころではない。
そう考えながらクラヴィスがカーテンを開けて窓の外を見ると、マルセルとゼフェルが仲良くこちらを見上げている。
その横ではランディがキリリとボーガンを引き締めているところだ。
このガラス窓めがけて矢文を撃とうとしているようだった。
クラヴィスはあわててカーテンを閉めた。
「一体、わたしが何をしたというのだ」
クラヴィスは頭を抱えた。
しかし、リュミエールに聞くのも恐ろしい。目があうとぱっと顔を赤らめるルヴァも見たくない。
オスカーに至っては、廊下でバラの花をくわえてわたしをにらみつけている。
もしかしたらわたしを待ち伏せているのか。
唯一安心できるのがジュリアスであるとは・・・。
やっぱり・・・
当分の間、執務室から出るのはやめよう・・・、そうクラヴィスは心に誓った。
ますます、外出嫌いになるクラヴィスであった。

そのころ、森の湖で・・・
ジュリアスの怒号が響きわたっていた。
「クラヴィスめ、今日という今日は許さぬ〜!!」

ところでオリヴィエさまは?

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