女は猫のようだった。
つかず離れずの距離に棲みつき、
互いの生活領域に踏み込むことなく、
同時に互いの生活リズムをも尊重していた。
それゆえ、
同じ敷地に住んではいるものの、
食事はおろか、寝室も別々で、
言葉を交わすことも、顔を合わせることもめったに無かった。
唯一、二人の間を往来するものは、
軍務尚書の犬−柔らかい鳥肉を好む老犬だった。
主の留守中は、女のもとに佇み、
主が帰宅すると、急いで主へ擦り寄っていく。
執事の手を借りずとも、
毛づやは美しく、よく手入れがされていた。
愛犬を見れば女の様子がわかる・・・というワケである。
とある冬の真夜中、
出迎えるであろう愛犬の姿が無かった。
主人の自室とは反対の方向から、
寂しげに鼻を鳴らすのが微かに聞こえる。
耳を頼りに進んでいくと、
そこには、酔いどれた女がワイングラスを傾けていた。
軍務尚書は無言のまま、
おもむろに女の傍らに座し、
その手からグラスを取り上げ、
残ったワインを一息に飲み干した。
久方ぶりの対面にも拘らず、
見つめ合うことも、囁き合うこともなく、
時間だけが静かに過ぎていった。
己の肩を頼る女のこうべ。
心地よい重みが、すべてを語っていた。
・・・何に苦しみ、何を欲しでいるのか・・・
軍務尚書は女の望むものを与えた。
静かに寄り添う、二人だけのとき。
荒んだ心を、互いに癒しあうとき。
互いの存在を、慈しむとき。
そっと見つめあい、そして・・・
女はうわごとのように呟く。
「いつまでも、わたしは貴方と共に在りたい・・・」
その言葉は、優しい口づけで遮られた。
陽光がやわらかに室内へ流れ込む頃。
昨夜の『ぬくもり』の代わりにあるものは、
いつもと変わらず食事をねだる犬。
しなやかな首には、紅いリボンとプラチナの指輪。
それを手に取ると、女は迷わず左手の薬指に飾った。
― 物言わぬ犬だけが見守る儀式 ―
女は誓った。
「私は貴方を信じます。どんなことがあろうと・・・ずっと・・・」
・・・それが契約の瞬間であった・・・
ともみさん、オーベルシュタインへの愛がこもった素敵な作品をありがとうございます。