ほんの数年前まで、私達が普段目にする文章というのは、新聞、雑誌、
本などがほとんどだったと思います。これらの文章は書き手もプロで校正もプロです。
つまり、我々はプロの手によって送り出された文章を読んでいたのです。
今もそれは続いていますが、一方で WWW の普及により、一般個人が文章を書いて、
それが不特定多数に読まれるということも珍しいことではなくなってきました。
今私が書いている WebColumn もそうですし、いわゆるテキスト・サイトとか
Web 日記とかいわれるものもそうです。
これらの文章はプロの手を通っていませんから、個人の自由な表現が期待できる一方で、
文章としての体裁や完成度には難があることもありえます。具体的には誤字脱字、
単語や熟語の間違った用法、文法的におかしな文章などです。
私自身、ここ数年で個人筆者による Web の文章を目にする機会がどんどん多くなってきています。
そうすると、多くの人が犯しやすい、
そして今までは気付かなかった間違いに気付くようになってきました。
例えば、「的を得た」ですね。これは正しい使い方のほうが少ない位です。
新聞や雑誌などのプロの文章でも間違っていることがあります。もちろん、
「的を射た」あるいは「当を得た」が正しいわけです。さすがに「当を射た」
という間違いはありませんけどね。Web 以前は、「的を得た」
という間違いをする人がいることは知っていましたが、こんなに多いとは思いもしませんでした。
「的を射た」と書かれた文章を目にすると、妙に安心してしまいます。
さらに「シュミレーション」もありますね。これも間違い率が非常に高いです。
個人の Web でも見られますし、テレビなどで「シュミレーション」
と発音している人も多く見かけます。先日、「頭文字 D」というアニメを見ていたところ、
エンディング・テーマで、音程と発声のあやしい女性ボーカルさんが「シュミレーション」
と歌っていました。作詞家が「シュミレーション」と書いたから、それを尊重したんでしょうか?
言うまでもないかもしれませんが、「シミュレーション」ですよ。これもまた、
Web によって間違い率の高さが認識されました。
それから、「うる覚え」も見かけるようになりました。数年前までは、「うろ覚え」を
「うる覚え」と間違っている人の存在すら知らなかった
(発音が近いので気付いていなかっただけでしょうけど)のですが、
今では一ヶ月に一回程度は見かけるようになりました。「へぇー、
こういう間違いのパターンもあったのか」というのが正直な感想です。
とまあ、新しい発見もあったりして、それはそれで楽しかったりもするのですが、
悪貨は良貨を駆逐するではないですが、間違った用法や用語が、
いつのまにか正しいということになってしまう事態を心配しているのであります。
言葉は生き物ですから、時代時代で変化していくことを認めたくないものではないのですが、
若さ故の過ちというか、単なる間違いが幅を利かせてしまうのは、
あまり良いパターンとも思えないのでした。