ここ何年か、いわゆる「できちゃった結婚」は珍しくもなんともなくなってきました。
というか、以前から「できちゃった結婚」はあったのですが、
それに伴う微妙な後ろめたさというか恥ずかしさというか、
そういうものがなくなって来たように思います。
「できちゃった結婚」と一言で表現していますが、考えてみると「できちゃった結婚」
にはいくつかのパターンがあるように思います。
第一に、既に婚約しているカップルが、出来ちゃってもかわまない、あるいは積極的に「欲しい」
と考えて、避妊せずにセックスをして、その結果、
結婚式の時には新婦は妊娠していたという場合。
第二に、婚約はしていないまでも、二人とも「できちゃったら結婚すればいいや」
というつもりで避妊をしなかったところ、実際にできちゃって、「じゃあ結婚しようか」
となった場合。
第三に、結婚するつもりもないし、子どもを作るつもりもないのに、避妊が不十分だったり、
あるいは避妊をしていなかったりして、当然のようにできちゃってからオロオロして、
「やっぱ結婚するしかない」という結論に達した場合。
第四に、周囲の反対を押し切るために、二人が計画的に妊娠して、
それを材料に強引に結婚を認めさせた場合。
第五に、「今日は安全日だから、生で中で出して」と言われて、喜んでそうしたら、
実はそれは女性の仕掛けたワナで、それに見事にはまってしまって結婚せざるを得なくなった場合。
まだ他にも考えられると思いますが、ざっとこんなところでしょう。「できちゃった結婚」
という言葉から感じられる微笑ましさとは無縁のパターンも存在するわけです。
「できちゃった結婚」であろうと何であるろうと、それは二人の問題でして、
外野がとやかく言うことではありません。微笑ましい「できちゃった結婚」であろうと、
たとえそれが女性のワナだったとしても同様です。
しかしながら、「できちゃった結婚」の場合は、
純白のウェディングドレスに身をつつんだ花嫁に対して、最低一回は中出しが行われたわけです。
もちろん、「できちゃった結婚」でなくとも、何回も中出しがあったかもしれませんし、
もしかしたら、とてもここには書けないような過激なプレイを経験しているかもしれません。
だとしても、我々はオトナですから、そういうことをいちいち詮索したりはしないのです。
相手は純白の花嫁ですから、失礼な妄想をしてはいけません。ただ、
花嫁のおなかが大きい場合は、証拠を見せ付けられているわけでして、
多少は想像しても許していただきたいと思うのです。
昔からタモリが「(芸能人の)妊娠記者会見というのは、『私達、最低一回はヤリました』
と言っているようなものだから、恥ずかしくないのだろうか?」なんてことを言っていましたが、
全く同じことを私も考えていました。
夫婦や恋人であれば、ヤルのは当たり前ではありますが、
ヤッタ事実を公表するのは、私にはとても恥ずかしいことです。
公表することが恥ずべきことだと言っているのではなく、
私にとっては恥ずかしいと言っているのですよ。
つまり、私には「できちゃった結婚」経験がありませんし、
この先もそういうことにはならないと思いますが、「できちゃった結婚」は、
それに至る経緯がどうであれ、私がその当事者であるならば、とても恥ずかしいことなのでした。
まあ、それを言うなら、結婚後に子どもが出来たとしても、
それを会社の同僚などに報告するのも恥ずかしいですね。結婚の前か後かの問題ではありませんから。
もし、私と同じような感性の女性がいたとしたら、妊娠しておなかが大きくなっていくにつれて、
「ああ、この大きなおなか。私は世の中に『最低一回はヤリました』
と宣伝しているようなものだわ。ああ、恥ずかしい」などと思うのでしょうか?
なかなか辛いことだと思いますが、
実際にそのように感じる女性がいるかどうかは定かではありません。