「愛がないとセックスは出来ない」などという言葉を聞くことがあります。
「愛がないと感じない」などとも聞きます。ほとんどの場合、その発言の主は女性です。
男でもそう思っている奴はいるでしょうが、それを主張することはあまり多くありません。
なんとなく気恥ずかしいし、本音とはちょっと違う部分もあるようなないような。
ということで、ここでは女性の「愛がないとセックスは出来ない」「愛がないと感じない」
について考えて見たいと思います。
この場合の「愛がないと」というのは、「私(♀)が相手(♂)を愛していないと」
という意味だと思います。つまり、「好きでもない人とセックスなんか出来ないわ」
「好きな人とじゃないと感じない」ということなのでしょう。
「女→男」の向きの愛を指しているのです。実際、そのような発言をする人の多くは、
「女→男」の愛を問題にしているのでしょうし、それを聞いた私も、
そういう意味で解釈しました。
もちろん、それに異論などないのですが、よくよく考えると、「女→男」だけではなく
「男→女」の愛もかなり大切ではないかと思うのです。表現を変えると、
「自分→相手」だけではなく「相手→自分」の愛についても、「愛がないとセックスは出来ない」
「愛がないと感じない」で言うところの「愛」として重要ではないかと思うのです。
愛とはなんぞや、なんてことはメンドーなので考えませんが、「女→男」の愛と
「男→女」の愛が表裏一体になっていることもありますし、そこまではいかなくとも、
お互いに影響しあうものです。
「男はなんですぐにヤリたがるの?」なんて声も耳にします。耳が痛いです。
「ヤルことだけが目的みたい」とも。耳が大幅に痛いです。
そりゃあ、ヤルことだけが目的の男もいるでしょうし、そういう状況だってないとは申しませんが、
本当に相手のことが好きであっても、やっぱりヤリたいのです。好きなら好きなだけヤリたいのです。
ここでは、そういう男どもの弁護をすることが目的ではありませんので、
男の弁護はこれくらいにしておきましょう。
女性がもし、相手の男に対して「ヤルことだけが目的みたい」と思ったとしたら、
彼女は彼とヤリたいとはなかなか思えないでしょう。特に、まだそういう関係になっていない段階で、
そのように思われたとしたら、男にとっては致命的な事態です。
「男→女」の愛が大切なんですね。男はきちんと愛情表現をすべきなのでしょう。
「ヤリたいのは俺の愛情表現だ!」という主張は、男なら理解できますが、
女性には理解してもらえないことがしばしばあります。理解してもらえないだけならまだしも、
特に若い女性には軽蔑されてしまうかもしれません。
「愛がないと感じない」についても同様です。「男→女」の愛というか、
愛情あふれる行為がないと女性としては喜べないはずです。女性がいくら彼を愛していても、
彼の行為が自分のことしか考えない身勝手なものだとしたら、
とても気持ちよくはなれないことでしょう。
男にとって、女性の「愛がないと・・・」というセリフは苦手であることが多いでしょう。
男の感覚と微妙にずれているからです。言い訳のように聞こえることすらあります。
しかしながら、考え方を変えれば、それはチャンスでもあります。
女性は「女→男」の愛を言いながら、実はそれは「男→女」の愛と密接に結びついていますから、
男にとっては、「男→女」の愛をアピールするチャンスなのです。
本音として彼女を愛していないのなら別問題ですが、本当に愛しているのなら、
彼女の「愛がないと・・・」というセリフは、チャンス到来なのです。
問題は愛情の表現方法です。これで失敗することが多い、というのは私の経験談です。
普通にお話ししていても、何か美味しいものを食べに行っても、映画とか遊園地とかでも、
メールのやりとりでも、彼女にとって心地よい時間を共有することが大切なんだ、
という基本はわかるのですけどね。
まあ、その基本が分かったのもかなりいい歳になってからです・・・