その日、私は大久保駅近くのラーメン屋さんで夕食を済ませ、「まんぞくー」などと思いながら、
歌舞伎町方面にプラプラと歩いていました。時間は夜の 8 時を回ったあたりだったと思います。
都立大久保病院の脇の道を通っている時、突然「あの、よろしかったら・・・」
と声を掛けられました。私が歌舞伎町を歩くときには、「声を掛けられても無視」
というモードに入っていますので、その声も自動的に無視したのです。
歌舞伎町に限りませんが、繁華街ではキャバクラ、風俗、カラオケ、
居酒屋などの店員さんか、それらの店から委託された人が声を掛けてきますが、
いちいちそんなのに付き合ってられませんから、無視するのは正しい態度なのです。そもそも、
そういうのの中には悪質な営業をする店が少なからずありますから、
無視すべきと言っても過言ではありません。
ということで、「あの、よろしかったら・・・」も自動的に無視してしまったのですが、
どうも、いつもとは様子が違うので、ついつい、声を掛けた人の方を見てしまいました。
声で分かっていたことですが、女性でした。ビラを配っているわけではありません。
何かの店の営業でもありません。大久保病院の近くにはラブホテルが何軒かあります。
そういう場所で女性が一人で男に声を掛けるのは、ほぼ例外なく、
有料でのホテルへのお誘いです。女子高生がすると援助交際と名前が変わってしまう行為です。
実はかなり驚いてしまいました。「あの、よろしかったら・・・」と声を掛けてきた女性が、
とても美しかったからです。
私のこれまでの経験では、街角に立って男に声を掛ける女性は、
はっきり言って、ビジネスとして成立しているのが不思議な位の年齢と容姿でした。
よほどベロベロに酔っている男を相手にしないと、商売にならないだろうな、
と余計な心配をしてしまうような、そういう女性だったのです。例外なく。
でも、その女性は違いました。ちらっと見ただけなのではっきりとはわかりませんが、
歳は 20 代後半か 30 代前半で、高級キャバクラ勤務といっても良いくらいの美しさでした。
夜の 8 時過ぎですから、ベロベロに酔ったオヤジが出没する時間帯ではありません。
でも、その方ならば、シラフを相手にしても充分にビジネスが出来ると思われます。
ハンパな女子高生よりもずっと上です。
その仕事をしている女性にありがちな、荒んだ雰囲気、「気持ちよくさせてあげるよ」
的な根拠のない自信、そして押し付けがましさが皆無で、「あの、よろしかったら・・・」
というセリフも、何か困ったことがあるので助けて欲しい、といった感じでした。
まだ、その世界に足を踏み入れて間もないのでしょう。
私が彼女の美しさを認識した時には、私は既に彼女の前を通り過ぎていましたので、
それから立ち止まって彼女の話を聞くわけにも参りません。
通り過ぎてなかったら話くらい聞いたのかというと、そんなこともないのですけど。
彼女が美人であることとは関係ありませんが、いかにも不慣れな声の掛け方に、
余計なお世話ではありますが、彼女がその仕事をしている理由なんぞを想像してしまいました。
やむにやまれぬ事情があるとしても、彼女くらい美しければ、
街角に立っているよりも、もっと安全にもっと沢山稼ぐ方法はあるのに・・・
でも、もしかしてもしかしたら、商売ではなかったのかもしれません。
でも、もしかしたら、びじんきょくだったのかもしれません。
なんてことを考えながら、私はその場を立ち去ったのでした。「惜しいことをしたのかもかも」
という気持ちが皆無だったと言うと、私は嘘つきになってしまいます。