2003年5月8日


下半身は別人格


男は時々「下半身は別人格」などと申します。

倫理的、道徳的にはいけないこととは知りつつ、ついついヤッテしまったような、 そういう事態に対する言い訳です。

女性の場合も「下半身は別人格」ということがあるのかもしれませんが、 男よりはずっと少ないでしょう。女性の場合はむしろ、「デザートは別腹」でしょう。

「デザートは別腹」とは言っても、胃がふたつあるとか、 腹がふたつあるとかいう話は聞いたことがありませんので、 「別腹」であるはずはありません。

同様に、「下半身は別人格」とは言っても、ムスコに人格などあるはずもないし、 ムスコの制御も脳みそがやっていることでして、「別人格」なんかではありません。

もちろん、「下半身は別人格」と言う人もそれを聞く人も、そんなことは百も承知でしょう。

ただ、それはそれとして、「下半身は別人格」には居直りにも似た「しゃーないもんね」 という意味があるように思われます。

例えば私の前に吉岡美穂ちゃんが現れて、「お願い、抱いて」と言ったとしましょう。 既婚でありながら、吉岡美穂ちゃんを抱いてしまうのは、 倫理的には決して誉められたことではありません。しかしながら、私は断言してしまいますが、 もしそんなことになったとしたら、私は「お願い、抱いて」を最大限に尊重することでしょう。

そんな時、人によっては「下半身は別人格」などと言うかもしれません。 しかし、それは吉岡美穂ちゃんに失礼というものです。彼女の「お願い、抱いて」 という真摯な気持ちに答えたのは、下半身の別人格なのですから、失礼極まりません。

私は、冗談話として「下半身は別人格」と言うことはあっても、「下半身は別人格」 という言い訳はしたくありません。実際、「下半身は別人格」というのは、 私の実感からはかけはなれています。

上半身と下半身というのは、理性と本能と言い換えてもよいでしょう。 本能はヤリまくりたいわけです。ですから、吉岡美穂ちゃんの「お願い、抱いて」 に真っ先に反応するのは本能です。理性がいくら「それはまずいよ」と言ったところで、 本能はそんなものは無視して暴れまくります。

で、最終的に「お願い、抱いて」を尊重したとすると、 それは本能が理性に勝ったことを意味するのでしょうか?

私にはそうは思えないのです。本能が理性に勝ったと言うと、理性は最後の最後まで抵抗したけど、 本能の圧倒的な力で押しつぶされたかのようなイメージです。でも、実際はそうではないと思います。 理性が本能にOKを出している、というのが正しいと思うのです。少なくとも私はそう感じます。 理性はそれなりに損得勘定をしているはずなんです。損得の計算が甘いことはあるでしょうが、 基本的には損得勘定の結果、OKを出しているのです。

「下半身は別人格」と言う時には、「理性と本能の対決で本能が勝った」 を意味することがありますが、その他人事モードが好きにはなれないのでした。 下半身とか本能とかのせいにしてるけど、実際は上半身とか理性とかがOK出してるくせに、 などと思うのですよ。

理性的という言葉のイメージは人それぞれかもしれません。 本能の対立概念として理性を位置付けているのが一般的なイメージかもしれません。

でも、私は少し違います。私は自分を理性的だと思ってますが、 私の理性は本能の欲求に寛容であるような、そんな理性なのです。




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