自分の顔を鏡で見ていると時々、鼻毛がちらちらと出ているのを発見することがあります。
そういう時はもちろん、切るなり抜くなりするわけですが、抜いた時には、
鼻毛のあまりの長さに愕然とすることもあります。
抜いた場合、鼻毛の毛根の位置に痛みが残りますから、
その鼻毛がどこに生えていたのかを知ることが出来ます。
鼻毛の生えていた位置と鼻毛の長さから推定すると、その鼻毛はかなり以前から
(つまり、もっともっと短い時から)、はみ出しうる状態になっていたと思われるのです。
上に「愕然とする」と書いたのは、鼻毛の長さそのものに愕然とするのではなく、
はみ出しうる状態にあった時間の長さに愕然とする、ということなのです。
それだけの長い期間に渡って、その鼻毛の存在に気付かずに人生を謳歌していた、
能天気な自分に気付いてしまうのです。
鼻毛がはみ出しうる状態にあったということは、実際にはみ出していたことが何回かある、
と考えるのが自然でありましょう。ああ、やってもーた、という感じですね。
ズボンのファスナー全開に気付いた時のような気分です。
鼻毛の生態に関しては、数多くの研究にも係わらず、まだその多くが謎のベールに包まれています。
夜行性なのか昼行性なのかも不明です。ある特定の鼻毛に注目した時に、ある日の朝、
その鼻毛は鼻の穴からこんにちはしているのですが、前の日の朝はその気配さえ感じさせてなかった、
なんてこともあります。きまぐれなのです。
鼻毛が出る出ないを決定する要素は、鼻の穴の物理的形状、毛根の位置、鼻毛の長さ、
鼻毛の伸びていく方向(鼻毛ベクトル)、鼻毛ベクトルのローテーション、
鼻毛のヤング率、鼻毛の弾性変形常数、鼻腔内分泌物の分布状態、その湿度や粘性抵抗、
などなどが考えられますが、それらの変数の間にある関係については、
定式化されていないのが現状です。つまり、出る出ないを科学的に予測することは不可能なのです。
ヒトの DNA 解析が進み、ニュートリノに質量が観測された現代科学を駆使しても、
鼻毛には手も足も出ないのです。
だから、私が長い鼻毛を見逃していたとしても、それはやむを得ないことなのです。
それにしても、この長い鼻毛、今まで何回くらい「こんにちは」をしたのか、
などとしみじみと考えてしまうのであります。
しみじみ考えるのが正しい姿とは思いませんが、
世の中には自分の鼻毛になーんも気を遣っていない人もいるわけでして、
そういった人々よりはよろしいかと。