男女関係にもさまざまありまして、夫婦、恋人、愛人、セフレ、キープ、友達、ミツグ君、
不倫、大人の関係、都合の良い関係、あれこれあれこれ。
それぞれの関係を我々はある程度共通の認識で捉えてはいますが、
それはあくまでも「ある程度共通」でして、完全に一致していないことも多く、
その不一致がトラブルのもととなることもあります。
言葉というのは便利でもあり、危険でもあります。ある単語の意味に関する理解が、
個人個人で違っていたとしても、単語が共通であることにより、
その意味に対する理解も共通であるとの誤解を与えやすいのです。
ということで、男女関係を上記のような言葉で言い表すことを一旦やめて、
男女関係を定義することを考えてみたいと思います。
いくつかの基準に対しての評価を組み合わせて、ある事柄を定義、分類することは、
比較的良く行なわれていますので、その方法を採用したいと思います。
男女関係の定義に必要な基準として、性的関係、排他性、社会的依存性、
経済的依存性の 4 つを採用し、それぞれに対して「高」「中」「低」の三段階評価をします。
この 4 つは、私が思いつきで考えたものですから、もっと良い基準があるかもしれませんが、
とりあえずはこの 4 つで話を進めましょう。
あえて、愛情といった心理的要素は含めません。愛情という言葉もまた、
誤解を生みやすいものであって、「愛してる?」「もちろん愛してるよ」といった会話から、
個人個人は勝手に上記四つ基準に対する、「高」「中」「低」
の組み合わせを導いてしまう傾向があるからです。
性的関係というのは文字通りです。要するにセックスするかどうかですね。
セックスを前提としてるなら高、前提としないなら低、将来的な可能性があるなら中、
といった感じです。
排他性というのは、二人の関係を排他的にするかどうかです。例えば、通常の夫婦や恋人関係は、
重婚や二股を前提とはしていないでしょうから、排他性が高いといえます。一方、
通常のセフレや友達は、複数とそういう関係を結ぶことに寛容だと思われますので、
排他性は夫婦に比べれば相対的に低くなるでしょう。
社会的依存性というのは、社会の一員として生活していく上で、その関係がどの程度の影響を与えるか、
ということです。夫婦は社会的依存性が高いです。職場の上司と部下も高いですね。恋人の場合、
例えば「土日は毎週のようにデートする」という場合は、社会的依存性が高いといえます。
不定期かつ気ままにデートするセフレは社会的依存性が低いということになります。
経済的依存性も文字通りです。男女のどちらがどちらに依存するかは問題にしません。
相互依存もあるかもしれません。専業主婦の夫婦関係は経済的依存性が高いです。
共働きなら中程度でしょう。マンションを借りて愛人を囲うような場合は高いです。
こんな基準で評価すると、例えば私のイメージするセフレというのは、
「性的関係:高、排他性:中、社会的依存性:低、経済的依存性:低」という感じです。
この評価と違うイメージを持っている人もいるかもしれません。そんな場合に、
「セフレになろうよ」「うん」なんていう会話が成立すると、後々、
トラブルのもとになります。「彼ったら、私の誕生日なのにおめでとうメールをよこしただけ。
ヴィトンのバッグが欲しかったのに」なんて思われてしまうかもしれません。
そういう事態を避けるためにも、「セフレになろうよ」ではなく「『性的関係:高、排他性:中、
社会的依存性:低、経済的依存性:低』の関係になろうよ」と口説いた方がよろしいわけです。
スマートで合理的な口説き方です。
最近の若い世代は「付き合おう」というセレモニーを大切にしていますが、
「付き合う」の定義が一致しているとは限りません。ですから、
例えば「『性的関係:高、排他性:高、社会的依存性:中、経済的依存性:中』
の付き合いをしようよ」などと言えば誤解が生じにくいです。
性悪女の場合、「性的関係:低、排他性:低、社会的依存性:低、経済的依存性:高」
という関係、すなわちミツグ君的関係を欲していながら、あたかも
「性的関係:高、排他性:高、社会的依存性:中、経済的依存性:中」
を求めているかのように振舞うことがありますので、注意が必要です。
性悪男の場合は「性的関係:高、排他性:低、社会的依存性:低、経済的依存性:低」、
つまり「やるだけ」を求めていながら、「性的関係:高、排他性:高、社会的依存性:中、
経済的依存性:中」的な関係を求めているかのように振舞うことがあるので、
これまた注意が必要です。