昨日、「♪きょーおは楽しい姫祭り♪なんですが、姫の予定はない高樹です」と書いたところ、
とある方(もちろん女性)から「お相手しましょうか?」というメッセージが入って、
「おおっ!」と感動したのもつかの間、あっさりとかわされてしまった高樹です。
「お相手しましょうか?」は「今年の姫初めがまだなら」という条件付きだったのですが、
「旧暦の今年は童貞です」と妥協案を提示したところ、それさえも信じてもらえなかったからです。
こういうのは自業自得って言うんでしょうか?
因みにその方(Aさん)と私は、随分昔からの知り合いなのですが、お会いしたことはありません。
お互いのサイトは読んでいて、メールはごくたまに、といった関係です。
常識的に考えて、「お相手しましょうか?」の本気度はかなり低いはずです。
本気度が高かったら「今年の姫初めがまだなら」などという条件を付けることもないでしょうし。
これまでも、その手の軽口は何回もありましたし。別にAさんを責めているわけじゃないですよ。
そういう軽口コミュニケーションだってありです。
私は私の人生の可能性を自ら狭めることは好みませんから、「お相手しましょうか?」
に対して、「どうせジョークだから」と放置することはしません。つーか、出来ません。
性というか業というか。ダメモトです。まして私はAさんのファンですから、
放置はあまりに失礼というものです。
ギンギラギンに期待しまくるとまではいきませんが、性懲りもなく期待だけは持ち続けたいものです。
それがなくなったら、男としてはアガリでしょう。夢は捨ててはならないのです。
なあんてこと書いていると、Aさんもこれを読むわけです。見方によっては、
こんなことを書く奴はキモイのです。実際、
ここまで読んでそう思われた方もいらっしゃるかもしれません。もしかしたら、
Aさんもそう思う可能性だってないとは言えません。
そう考えると、高樹は危ない橋を渡っていると思いますね。「大丈夫だろう」
程度は思ってますけど、あまり自信はないのです。
橋を踏み外さない極意があれば知りたいものです。
親しさの表現とセクハラの境界線のように難しいものです。
セクハラに関しては、「危ない橋は渡らない」で解決というか、そうすべきなんですが、
こういうことに関しては、「危ない橋は渡らない」だけだとつまんないですからね。