誰であっても過去の自分を振り返ると、恥ずかしくてたまらないことはいくらでもあるわけです。
仕事上の失敗とか、酔っ払って醜態をさらしたとか、高速道路でうんこしたとか。
私の場合、そういう恥ずかしい思い出は女性関係に多いような気がします。なおかつ、
パターンがみな一緒なのです。それは他人から見たら、
別に恥ずかしくもなんともないことなのかもしれませんが、
自分としては恥ずかしさに身もだえせんばかりです。
それは以下のようなパターンです。
高樹はある女性を好きになっています。そして、それはかなり本気で好きです。
いつもいつも彼女のことを考えてます。街を歩いていて、ちょっと似た感じの女性を見かけると、
その人じゃないかとドキッとしたりします。もちろん、彼女とのエロい行為も想像します。
ただ、高樹が彼女のことを大好きでも、彼女は高樹をそんなに好きではないようです。
嫌われているほどではありませんが、彼氏にしたいと思うほどに好きというわけではありません。
当然、高樹は色々と彼女に対してアプローチをします。食事に誘ったり、
何か共通の話題を見つけて話しかけたり、特に用もないのに電話してみたり、
最近なら、しょうもないメールを出したり。
そのアプローチが功を奏して、彼女が段々と高樹になびいてくるのなら良いのですが、
どうもそんな様子ではありません。むしろ、本当は彼女はきちんと断りたいのだけど、
断りきれずにいる、というような感じです。何となく、敗北の予感があります。
でも、はっきりと No を言われたわけではありません。
高樹は彼女のことが大好きですから、簡単にはあきらめられません。敗北の予感はあっても、
最後の勝負に出るのです。
そういう状態では、高樹には余裕の二文字はありません。必死の二文字はあります。
最後の勝負などとかっこいい言葉を使ったところで、その勝負はダメダメなのです。
既に冷静な判断力は失われているのです。しつこかったり、強引だったり、
ひとつ間違うとストーカーっぽくなってしまう、そういう手段になってしまうのです。
もちろん敗北です。
でも、もしかしたらちょっとくらいは可能性があるかもかも。なんていう考えもあります。
彼女の断りのセリフの中に、ごくごくわずかな可能性を探してしまうのです。
彼女のセリフにある可能性に見えるものは、彼女のやさしさにすぎないのですが、
それを可能性と思いたいのです。そして、捲土重来とばかりに再勝負をかけたりするのです。
捲土重来などとかっこいい言葉を使ってますが、実際はあきらめが悪くしつこい、ということです。
彼女はもともと高樹を嫌いではなかったのですが、ここまで来ると、
かなりうざいと思ってしまいます。彼女からすると、高樹は往生際が悪いのです。
とまあ、こんなパターンです。私の女性に対する想いが強く、女性側がそうでもない時、
このようなパターンにはまりやすいのです。過去に何回か、こういう経験があります。
で、身もだえするくらい恥ずかしいのは、最後の勝負とか捲土重来とかの具体的言動と、
それにいたる自分の思考経路です。「うわぁーーー、俺ってあんなことしてしまったんだ」
とか「柄にもなく、センチメンタル思考にどっぷり浸かっていたんだ」とか。
もちろん、犯罪的なことをしたわけでも、ストーカーそのもののようなことをしたわけでもありませんが、
自分の美意識としては、かなりかっこ悪いことをしてしまったと思われるのです。
そしてそれが、とんでもなく恥ずかしいのです。
幼稚園の頃、私は心ならずも教室でうんこをしてしまったことがありますが、
当時の恥ずかしさではなく、今思い出しての恥ずかしさなら、うんこの 100 倍位の恥ずかしさです。
高樹が好きだった彼女が、「高樹さんがしつこくて困るのよ」なんて色んな人に話していたとしたら、
そりゃあもう人生終わるほど恥ずかしいですね。
まあ、面白半分にそういうことを言うような人ではないと信じたいですし、
彼女はもしかしたら、高樹が自分で思っているほど、
しつこいとは感じていなかったのかもしれないですけどね。
女性にこういう恥ずかしさがあるかどうかは分かりませんが、男にはきっとあるんじゃないかと思います。