私が言うまでもないことかもしれませんが、最近の若者達は、男女が「付き合う」
ということに対して、私の世代とはちょっと違った基準を持っているようです。
色々な若者達と会話していて気付くのは、「付き合おうか?」「はい」といった、
二人の明確な言葉での意思表示がないと「付き合う」という状態にはなっていない、
と考えている人が多い、ということです。
ですから、毎週一回は二人で会っていて、セックスも何回もしていても、
「付き合おうか?」「はい」がないから付き合ってはいない、ということもありますし、
「付き合おうか?」「はい」があったから付き合ってはいるけど、
何ヶ月たってもセックスはしていない、ということもあります。
私なんかは、前者はどう考えても「付き合っている」ですし、後者は「付き合っている」
ではない可能性が高いんじゃないかと思ってしまいます。でも彼らは、
二人の関係の実態よりも、「付き合おうか?」「はい」の有無によって、
「付き合っている」という関係かどうかを判断あるいは定義しているわけです。
「毎週デートしていて、セックスもしているなら、それは付き合っているってことでしょ?」
などと尋ねたら、「彼(または彼女)がどう思っているか分からないでしょ?」などと言われます。
まあ確かに、お相手はセックスフレンドのつもりでいるかもしれません。でも、
独身で、カレシ、カノジョがいない男女が、毎週デートしていて、セックスもしているなら、
それは「付き合っている」と考えるのが自然で、セックスフレンドの関係の方が特殊なのですから、
もしセックスフレンドでいたいと思うなら、その場合こそ、
明確な意思表示が必要なんじゃないかと思うわけです。
もちろん、「付き合おうか?」「はい」がいけないことであるわけじゃありませんし、
「付き合おうか?」「はい」にそれなりの価値を見出すことが悪いわけでもありません。
ただ、「付き合おうか?」「はい」の有無が、「付き合っている」
かどうかの絶対的(に近い)基準になっているのは、どうにも不思議な感覚です。
この不思議な感覚は、ある程度以上の世代においては、かなり共有できるものじゃないかと思います。
明確な境界があるかどうかは定かではないのですが、「付き合おうか?」「はい」
を重視するかどうかの境は、現在の年齢で、25 歳から 30 歳の間あたりにあるんじゃないかと、
感じています。きちんと調査したわけじゃありませんので、
あくまでも私の経験の中での感覚的なものですけどね。
仮に境界が 25 歳位だとすると、大げさに言うと、その上下で「付き合う」の認識においては、
世代間ギャップが存在していると思います。「付き合おうか?」「はい」
という儀式を重視するかどうかのギャップです。
私はもちろん、その儀式を重視しない世代に属するわけですが、
「付き合おうか?」「はい」を重視する世代が、どうのような経緯で生まれてきたか、
あるいは彼らがどうしてそれを重視するように至ったかについては、
全く見当がつきません。テレビドラマまたは漫画またはテレビゲームなどの影響とか、
性経験の低年齢化に伴い、性行為だけが本来のバランスのとれた男女の付き合い方に先行してしまい
・・・、なんてことは思いつきますが、もちろん単なる思いつきに過ぎません。
この世代間ギャップは、なかなか興味深い現象だと思います。両世代の境目とか、
重視世代が生まれた理由について、ご意見があればお聞かせ下さいませ。
ご意見は匿名で紹介させて頂くかもしれません。もし、
「匿名ではなく自分のサイトをリンクしてくれ」とか、「匿名でも紹介は NG」
とかのご希望があれば一言書き添えて下さい。