例えば、40 歳の男と 20 歳の女性が付き合うってのは、俗に「犯罪」などとと呼ばれますが、
「あり」か「なし」がで言うなら、私は「あり」だと思います。もちろん、
当人同士が納得しているのだから、というのは当然として、そうであるなら、
社会的にも犯罪扱いとか異端扱いする必要はないと思うのです。
というようなことは、以前から思っていたのですが、単にオヤジは若い女の子が大好き、
ということ以上の正当化の論理は思い至らなかったのでした。つまり、
それを堂々と主張することはちょっと無理という感じでした。
ところが先日、とある女性と会話していて、大げさに言うなら天啓のように閃いたのでした。
40 歳の男と 20 歳の女性が付き合うのが「あり」な理由を。
それは、「20 歳の女性は 40 歳の男を尻に敷けるから」です。
40 歳の男と 20 歳の女性の平均的な関係というのは、
オトナとコドモといった、一方的に不公平な関係ではなく、女性が男を尻に敷けるような、
そういう関係だと思うのですよ。
もちろん、そうでないことだってあるでしょうが、あくまでも平均的には、
「20 歳の女性は 40 歳の男を尻に敷ける」と言っても間違ってはいないと思います。
だからといって、40 歳の男と 20 歳の女性が付き合うのは「あり」だ、
という主張を声高にするつもりはありません。私は「あり」だとは思ってますが、
「なし」という考え方が悪いわけじゃないですし、そもそも、「あり」「なし」
よりも、当人同士がどう思っているかが大切ですから。
親子ほどの歳の差があっても、ある程度以上の親しい付き合いになると、
男は女性の尻に敷かれます。これはもう、不可避とまではいいませんが、
保守本流というか定石というか定番というか、そういうものでしょう。
男にとって、尻に敷かれている状態というのは、あまりよろしいものではありません。
ある種の安定感があることは否定しませんので、夫婦関係においては、
それは正しい姿なのかもしれません。でも、男が自由を求めるなら、
尻に敷かれていてはなりません。
一方、女性が男を尻に敷くためには、付き合いの深さ(つまり、セックス経験済み)
とそれなりの時間が必要と思われます。付き合い始めて、セックスを経験して、
それからしばらく付き合っていると、「尻に敷く」状態になるのです。
ということはです。男にとって、尻に敷かれないためには、セックスしなければ良いのですが、
それは納得出来る方法ではありません。尻に敷かれるリスクをものともせずに、
セックスしたいものですからね。
ということは、合理的に考えると、尻に敷かれないための方法としては、
セックスしたらその後の付き合い期間を短くする、ということしかありません。
つまり、「やりにげ」です。
全てのやりにげを正当化するつもりはありませんが、「やりにげ」ってのは、
尻に敷かれることへの本能的恐怖があるから、というのも大きな理由のひとつだと思います。ですから、
尻に敷く度合いの強そうな女性ほど、「やりにげ」の憂き目に遭う可能性が高いと思われます。
やる前の段階で、女性があまりにワガママを言って、あまりに思わせぶりだと、
「こいつ、やりにげしてやろうか」と思うこともありますが、それは特別なケースでしょう。
やはり、尻に敷かれないために、というのは決して無視できない要素だと思います。