2006年1月26日


何月何日のストレス 


Web というメディアの特徴的なことのひとつに、コンテンツ生命の長さがあると思います。 紙媒体の雑誌や新聞、あるいはテレビやラジオに比べたら、かなり古いコンテンツでも、 我々はそれを目にする機会がかなり多いと思われます。

例えば何かを検索して、役立ちそうなページを見つけて行ってみると、 それは 5 年前に書かれたものだった、なんていう経験はどなたにもあることでしょう。 古い雑誌や新聞やテレビ放送には、そういったことはあまりありません。 メディアの側で古いコンテンツを探して、それを我々に見せてくれることはあっても、 我々が自分で古い雑誌や新聞を調べることは、それほど多いことではないでしょう。

つまり、Web コンテンツを作る立場からすると、何年か後にそれを見る人もいる、 ということは認識していなければならないわけです。・・・・って、 改めて言う程のことじゃありません。当たり前です。

Web で調べものをしていて、どこかのサイトに飛んだ時、そこに「10 月 13 日」 などと書かれていると、私はすごいストレスを感じます。何年の「10 月 13 日」 かが分からないからです。それを書いた日付であろうと、他の日付であろうと同じです。 ちょっと前後を読むだけで、何年のことなのかが明らかになるならよいのですが、そうでないと、 かなりのストレスです。

何年の「10 月 13 日」かによって、 そこに書いてあることについての解釈や評価が異なる場合はもちろん、何年であろうと、 特に何も影響がない場合であっても、何年かが分からないこと、というよりは 「何月何日」としか書かないことに対して、ストレスを感じるのですよ。

「どうしてこの人は何月何日としか書かないんだろ?」 「書いた日にしか読まれないと思っているのか?」 「来年になったらどうこう、とは全然考えられないってこと?」 「毎日毎日リアルタイムで読まれるだけ、なんて思っている?」 「日常会話では何年を略しても問題ないことが多いけど、それと同じノリ?」 「何も考えてない?」

とまあ、こんな気持ちになるわけです。

私のこのサイトのように、URL を見たら年月日が分かる、というのなら良いのですが、 そもそも URL に年月日を含めようなどと思う人なら、 本文においても年月日をきちんと書くでしょうしね。

個人のサイトだけじゃなくて、企業のサイトでも何年何月だけの記述にお目にかかることがあります。 「○○○サービスは 3 月 31 日をもって終了致しました」とかね。「何年のだよ!」 と思いっきりツッコミを入れたくなります。

まあ、気にならない人は全然気にならないんでしょうね。

何年がないと気になる方、オトモダチです。




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