電車の中で座席に自分の荷物を置いているのは、どう見てもおばちゃんが多いです。
正確な統計を取った訳じゃないですが、きっと誰もが感じていることでしょう。
荷物が大量にあるなら、情状酌量の余地はありますが、ハンドバッグひとつでも、
座席においていたりします。
もちろん、電車が充分に空いているのなら、座席に荷物を置いたからといって、
誰も文句を言わないです。おばちゃん達(の一部)は、車内が混んで来て、
立っている人がいても、自分の隣に荷物を置いたままです。「混んできたから」
という理由で、自ら進んで荷物を自分の膝の上に移したりはしません。
誰かが荷物の前に立って、「ここに座りたいんだけど・・・」といった意思表示をして始めて、
おばちゃん達(の一部)はしぶしぶ荷物をどけます。
私からしたら、信じられないふてぶてしさです。
禁煙のホームでタバコを吸う若僧もふてぶてしいですが(煙を斜め上に吐いて、
それでかっこつけてるつもりか? ボケッ!)、それとは別種のふてぶてしさですね。
オヤジが荷物を席に置いている場合、そのオヤジは酔っ払いで寝ていることが多いです。
酔っ払いだろうと寝ていようと、その罪が軽減されるとは思いませんが、
少なくともふてぶてしくはありません。ハッと目を覚ましたら、
きちんと座りなおして荷物を膝の上に乗せたりしますからね。
さて、不思議に思うのは、荷物を席に置くことと、おばちゃん(すなわち、ある年齢以上の女性)
との相関関係です。なぜ、おばちゃんは荷物を席において、なかなかどけようとしないのか、
ということです。
私なりの答えは、「それはおばちゃんだから」です。おばちゃんが自転車に乗ると、
停止の度に自転車から降りたり、車道を横断するときに、横断が終了しないのに止まったりと、
不可思議な行動を取るわけですが、その理由も「それはおばちゃんだから」だと思っています。
あるいはファミレスなどで、「ケタケタケタケタ・・・・」
とけたたましい声で笑っているのもおばちゃんですが、その理由も「それはおばちゃんだから」
だと思っています。
もしかしたら、男女とも第三次性徴があるのかもしれませんね。つまり、
オヤジ化でありおばちゃん化です。単に年齢を重ねて肉体的に老化して、
ということだけでは説明できない差が、成人男性とオヤジ、
成人女性とおばちゃんの間にはあるように思われます。生理学的、心理学的に「性徴」
と呼んでもいいような転換期があるんじゃないかと思ってしまいます。
若い頃はコロコロと可愛らしい声で笑ってた女の子が、「ケタケタケタケタ・・・・」
と店内に響き渡る声で笑うようになってしまうのですよ。
胸が膨らんで毛が生えることに匹敵するような変化ではなかろうかと思います。
こんな説なり、研究なりがあるのかどうか知りませんが、第三次性徴云々はは私の思いつきなので、
あまり真面目に受けた取らないように。
話を戻しますが、荷物を座席に置くのは「おばちゃんだから」と思っているわけですが、
もし若くて綺麗な子が荷物を座席に置いていたら、それを見た私は
「ああ、若くしておばちゃんになってるなあ。もったいない」と思う、ということでもあります。
因みに、自分がオヤジかどうかについては、なるべく考えないようにしています。