2006年6月8日


「はやい」と「おそい」 


我々が普段使用する「はやい」には、「早い」と「速い」があります。 時々、「早い」と「速い」を間違って使用している文章に出会うことがありますが、 それはそれとして、音としては同じ「はやい」でも、「早い」と「速い」では明確に意味が異なります。 英語でいうなら「early」と「fast」「quick」あたりでしょうか。

さて、「はやい」の対義語となると「おそい」ですが、「おそい」には「遅い」 しかありません。起床時間がおそいのも、仕事がおそいのも、クルマの速度がおそいのも、 みんな「遅い」です。「晩い」とか「鈍い」とか書いて「おそい」と読むこともあるようなのですが、 あまり常用的ではありませんし、「早い」と「速い」のように、意味で使い分けている、 と明確に言えるわけでもありません。現実的には「おそい」は「遅い」だけ、と言っても良さそうです。

日本語では「はやい」と「おそい」にいくつもの意味を持たせていて、 英語ではそれぞれの意味を持つ別々の単語があります。それはそれでいいんですが、 「はやい」が「早い」と「速い」なのに、「おそい」が「遅い」だけ、という非対称が気に入りません。 私個人が気に入らないからといって、それで何がどうなるものでもありませんが、 気に入らないものは仕方ありません。

これは言語の話なのですが、私は理科系人間なので、この種の非対称が「綺麗じゃない」 と感じられるのですよ。言語を数学や物理の公式や法則と同じように考えるのは意味がない、 ってことは分かってはいるのですが、生理的に受け付けない、に近い感覚なのかもしれません。

気に入らないと言ったところで、いつも気になっているわけじゃありませんし、 「速い」とか「遅い」とかの字を読んだり書いたりする度に、「気に入らない」 感覚の状態になるわけでもありませんよ。そんなに大層なことではありませんが、 はやり「気に入らない」なのですよ。

「はやい」と「おそい」の非対称を気に入らない、などと私がここでほざいているだけなら、 誰にも何の迷惑も影響もありません。ただ、この種の非対称というか「綺麗じゃない」 のが嫌いなのは、仕事なんかでも出るんですよね。几帳面に細かいことを気にする、 ってのとは違いますよ。物事の進め方とか、責任分担とか、コミュニケーションの決め事とか、 そういうことを考える時に、綺麗さを求めるんですよ。

綺麗さは多くの場合、合理性に繋がりますので、綺麗さを求めることが悪いとは思っていませんが、 現実には、理想的な綺麗さが実現出来ないこともあるわけで、物事を前に進めるためには、 どこかの妥協点に落ち着かせなければなりません。その妥協点で妥協できるかどうか、 という時に、「非対称が気に入らない」という感性が悪影響を与えていない、 とは言い切れないのでございます。

「あの人の言ってることは正論だし、やり方も正当なんだけど、ちょっと融通がきかないよなあ。 一歩譲っても何も問題ないところで、無駄に強硬な主張をしてるよなあ」なんていう人は、 どこにでもいると思いますが、そういう人はもしかしたら、「はやい」と「おそい」 の非対称が気に入らない人かもしれません。

ちょっと自己弁護しますと、私の場合、「はやい」と「おそい」の非対称は気に入らないのですが、 一方で、私の性格は几帳面とは対極に位置していますので、その二つが相殺しあって、 平均的なところにいるんじゃないかと・・・




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