2006年6月29日


誘拐事件発生時の報道協定 


話題の女子大生誘拐事件。

「無事解決でよかった」とか「犯人達はバカすぎ」とか「メディアに露出しすぎだから、 狙われるのも当然」とか「本当に何もされてないのか?」とか、色んなことが言われてます。

ま、それはいいのですが、この種の誘拐事件の場合、被害者の安全を最優先して、 警察とマスコミ各社の間で報道を自制する協定が結ばれるようです。ということは、 言われるまでもなく我々は知ってます。

ところが、例えばとある新聞記事にはこんなことが書かれてます。

今回の事件で○○新聞社は、警視庁が身代金目的誘拐事件と断定した26日午後10時過ぎ以降、 果菜子さんの生命の安全を第一に考え、報道を差し控えていました。

この種の新聞記事を見たり、この種のコメントをテレビのニュースで聞いたり、 といったことは、みなさんも何回となく経験されていることと思います。 新聞社テレビ局のほとんどは、この種のコメントを出しているようです。

で、疑問です。新聞社でもテレビ局でも、何故このようなコメントを発表するのでしょうか?

「報道を自制していたボクっていい子でしょ?」と言いたいのですか?

「今まで報道してなかったのは、協定があったからで、 報道機関としての責務を放棄していたわけじゃありませんよ」と言いたいのですか?

それとも、特に意味のない、単なる事情説明でしょうか?

被害者の安全のために報道を控えていました、ということ自体は当然のことだと思いますが、 それを必ず表明するってところに、俗な言葉ではありますが、「マスコミの驕り」 みたいなものを感じます。

色々な考え方の人がいる、というのは当然ですが、平均的一般的な人々の感覚からすれば、 誘拐事件で報道しないのは当然のことであって、事件の進展を実況中継して欲しくもありませんし、 協定云々と説明して欲しいわけでもありませんし、 事件解決まで報道されなかったことに対して、報道機関の責務云々などと批判するはずもありません。 それなのに、わざわざコメントを発表するところに、「報道するのが本来なのだけど」 的な価値観が透けて見えてくるような・・・

どうということのないコメントなのですが、よくよく考えると、 マスメディアの側と平均的国民との間の、報道に関する認識のズレが現れているようにも思えます。

因みに、あくまでも個人的な感想を言うなら、「いちいちしょうもないコメントを偉そうに発表するな、 ボケ!」です。




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