1998年4月12日

アントニオ猪木は成仏できたのか?


やはり、アントニオ猪木の引退に関しては書いておかなければならない。 いささか遅くなってしまったのだが、東京ドームには行かなかったし、 テレビ放映はビデオに撮ってあって、それを見たのがつい最近、 という事情である。

私はここ 10 数年、猪木に関しては、彼の「壮絶なる死」のみを楽しみに していたような気がする。

私はいわゆる「猪木信者」ではない。猪木が不世出のレスラーであることには、 全く異議はないが、好きなレスラーを 10 人挙げろ、と言われても、そこに 猪木の名前は入ってこない。しかし、嫌いなレスラーという訳でもない。

私は一時期、プロレスのテレビ放送を全く見なくなったことがあり、それは 偶然にも猪木の全盛時代とほぼ一致する。親日を旗揚げし、ストロング小林と 壮絶な試合を行い、タイガー・ジェット・シン、スタン・ハンセンらと抗争を 繰り広げていた時期である。

とは言え、一連の異種格闘技戦は見ていたし、テレビ以外のメディアで、 猪木の動向をうかがうことはできたので、全くの空白だったわけでもない。

私が再びプロレス中継を見るようになったのは、タイガー・マスクがデビュー した直後あたりだった。その頃の猪木は、スタン・ハンセンという強力な ライバルを失い、いまひとつ輝いていなかったように思われた。

そんな中で猪木が提唱した IWGP 構想も、蓋をあけてみれば、本来の IWGP の 姿とはかけ離れたもので、しかも、第一回の IWGP 決勝戦で、猪木はハルク・ ホーガンのアックス・ボンバーの前に、失神KOされてしまった。

このころから、私は猪木の「壮絶なる死」を求め始めたようだ。特に嫌いでは ない猪木ではあったが、彼の失神した姿は、私に妙な快感を呼び起こした。 私がホーガンのファンだったことを割り引いても、それは不思議な快感であった。

この試合は、ひとつの試合としての「壮絶なる死」ではあっても、レスラー猪木の 「壮絶なる死」ではない。私が求めたのは、もちろん後者である。

「ピークを過ぎたのだから、さっさと引退しろ」という感情ではない。猪木の レスラーとしての散り様は、予定調和であるわけがないし、それはどんな戦慄を もたらしてくれるのだろうか、といういささか不謹慎な思いであった。

その後の猪木について記憶に残っていることは、すべて「壮絶なる死」を キーワードとしている。「壮絶なる死」を予感させる出来事、「壮絶なる死」に 近いところまでいった試合、「壮絶なる死」を否定している猪木、などなど。

思いつくままに挙げてみよう。

UWF というムーブメント(夢枕 獏氏の表現である)
UWF vs 新日の抗争の中での、逃げ腰にも見えかねない猪木
前田 vs ニールセン戦に「食われた」スピンクス戦
藤原戦とその直後の前田のハイキック
ベイダーとの初対決に破れたあとの「前田コール」

この辺りで、猪木が「壮絶なる死」を迎えるとしたら、当然、相手は前田しか 考えられなかった。しかし、猪木はその時点では死に対する潔さは持ち合わせて いなかった。そして、猪木と前田の接点はなくなってしまう。

UWF が独立した以降のことを、さらに列挙してみる。

スティーブ・ウィリアムスのバックドロップで半失神
チョチョシビリ戦でのKO負け
藤波戦で引き分けたあとの涙
参議院選立候補、当選
リキ・ラリアット 6 連発でフォール負け

時が経つにつれ、「壮絶なる死」を避けようとしているかのような、猪木が 見えてくるような気がする。その好例が、一連のファイナル・カウント・ダウン である。猪木は「魔性のスリーパー」を武器に、ほとんど負け知らずであったが、 その戦う姿は痛々しかった。勝ち方も「そんなのあり?」と言いたくなることが しばしば。

誰かが猪木にトドメを刺さなければならないのだが、誰もいない。実力の問題では ない。適任かどうかである。藤波、長州、天竜、橋本、武藤、蝶野、誰もが 猪木のアンチテーゼ足り得ない。すなわち、猪木の介錯人とはなれないのだ。

だからこそ、猪木は「魔性のスリーパー」で勝ち続けたのかもしれない。

そして、1998 年 4 月 4 日の東京ドーム。猪木はレスラーとしての死を迎えた。

猪木との対戦相手を決めるトーナメントに勝ち上がってきた、ドン・フライが 相手である。引退試合の相手としては最低だったと思う。ドン・フライの 格闘技者としての実力はともかく、彼には猪木を壮絶に殺すことなど出来るわけが ない。試合には勝てるかもしれないが、猪木にふさわしい死を与えるための「役者」 ではない。仮に相手が小川直也でも同じことである。

猪木はフライに勝った。つまり、「壮絶なる死」はなかった。予定調和の世界だ。 これでは、レスラー猪木は成仏出来ないに違いない。猪木の引退には「壮絶なる死」 が相応しいはずだ。

猪木に「壮絶なる死」を与えられるレスラーはいなかったのか? 前田をひっぱり出す わけにはいかない。ホーガンも違う。ヒクソンも違う。

私は一人だけ適任者がいたと思う。

藤原喜明だ。

彼が「仕事人」ではなく、一人の格闘技者として試合に臨み、スリーパーで猪木を 絞め落とすことが出来たら、それは猪木にとって至福の敗北ではないだろうか?

そして、それこそが「壮絶なる死」であり、「壮絶なる死」なくして猪木は 成仏出来ないと思うのである。






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