| 屋上の人々 |
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7 月になってしまいました。だからといって、何がどうということもないのですが、 今年も半分終ってしまったわけです。このページを始めてから、もう4ヶ月近く 経ったというのも驚きです。歳をとるにしたがって、月日の経つのが速く感じられる というのは、まったくその通りですね。 ちょっと前までは、2000 年とか 21 世紀なんてずっと先の話だと思っていた のですが、もうすぐそこですね。ああ、歳はとりたくないものですが、無情にも 来月には誕生日を迎えてしまいます。 なんていう導入部とは全然関係ない話題ですが・・・ 私は、いつも通勤で使う電車から、時々奇妙な光景を目にします。 そこは線路が高架になっていて、5 階立てのビルと同じくらいの高さを 走っているのですが、線路脇にある 4 階立て位のビルの屋上に、ジトっと 立っている人を見かけるのです。 そのビルは会社が入っているビルのようです。それほど大きなビルではありません。 そして、屋上に立っている人は、くすんだ黄緑色の作業着を着て、自分の足元を 見つめているように見えます。きっと、その会社の社員なのでしょうが、足元を 見つめている以外は、何をするでもなくじっとしています。 時間は午前 8 時半から 9 時位です。多分、その会社の始業直後ではないかと思います。 立っている人は、1 人のこともありますし、 2 - 3 人いることもあります。 また、日によっては誰も立っていないこともあります。 立っている人は、とにかく暗い雰囲気を発散しています。例えて言えば、 先生にお説教されてうなだれている、気の弱い生徒のようなものです。彼らが 屋上で何をしているのかは定かではありませんが、どう考えても楽しいことを している訳ではなさそうです。ただ立って足元を見つめるのが、楽しい訳ない ですよね。 彼らは、電車の窓から見られる位置にいることに気付いているのでしょう。 必ず電車に背中を向けて立っています。だから顔は見ることが出来ないの ですが、うなだれた後ろ姿は、一層哀れを誘います。 ここからは私の想像なのですが、彼らはその日の朝礼で、勤務成績が目標に 届かなかったといったようなことが明らかにされ、そのペナルティとして、 屋上に立たされ、反省させられているのではないか、と思います。多分、 この想像は大きくはずれていないと思います。いかにもそういう雰囲気なの です。 いやはや、いまだにこういう会社があるのですね。成績不振なら、その原因を 分析し今後の対策を立てて、それをレポートする、というなら分かります。 また、ボーナスの査定が下がる、というのも分かります。でも、屋上に立って 足元をみつめさせても(もしかしたら、社訓のようなものを唱えているかも)、 何も上向かないし、当人はいじけるだけだと思いますがね。 こういう非生産的なペナルティの与え方は、忘れ物をした生徒を廊下に立たせる、 というのと一緒で、単なる罰としての意味しか持たないと思いますね。法律や 社則に反したなら、罰を与えられてもしかるべきですが、それは戒告とか減給 とか解雇とかいう風にすればいいわけで、屋上に立たせる必要など何もありません。 まして、成績不振といったような理由なら、もっとビジネス・ライクなペナルティで あるべきでしょう。少なくとも、当人が恥をかく必要はありません。 こういうことをする会社には勤めたくないものです。でも、経営者が妙な 精神主義に凝り固まっていると、往々にしてこれに類することをしそうですね。 会社と社員の関係は、勤労とその報酬というのが基本なわけで、ある種の 思想なり過剰なモチベーションを強要される必要は、本来ないはずです。 成績を評価され、それが報酬の多寡に繋がるのは健全な姿ですが、精神的な 部分にまで踏み込んでマネージしようとすると、こういうおかしなことになって しまう訳です。 精神主義が好きな経営者はいまだに絶滅しませんね。例えば、朝礼で社訓を 唱和させるとか、社歌を歌わせるとか。おそらく、99% の社員はそういうことに 何の意義も効果も見いださず、廃止すべきだと考えているのでしょうが、 経営者はそんなこと露ほども思っていない。 私の会社には幸い、そういう精神主義は全く存在しないのですが、仮に 転職することになっても、社訓の唱和を行うようなところには絶対に 行く気がしないですね。面接の時にしっかりと確認します。 さて、屋上の人に話を戻しますが、私が不思議に思うのは、一人で立って (立たされて)いるときでも、何故か真面目に足元を見つめて反省して いることです。私なら、「ケッ、こんなことやってられるかよ!」てなもんで、 適当に時間をつぶすことしか考えないですがね。 彼らは既にマインド・コントロールされている、ということかもしれません。 もしかして、新興宗教系の企業だったりして・・・
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