1999年1月6日

関係各位殿?


いつ頃からかわかりませんが、それほど遠くない過去のある時期から、 テレビのバラエティ番組などで、喋っている人のセリフを字幕で入れることが 濫用されていますね。

聞き取りにくいセリフや、特に強調することなら良いのですが、ところかまわず やってます。かと言って、聴覚障害者の方への配慮などではないわけで、ときには うざったく感じるのは、私だけではないでしょう。。

まあそれはそれとして、昨日あるテレビ番組を見ていたら、この字幕入れをやって いました。で、ぱっと見た瞬間に違和感を感じたのです。

出演者の喋りに合わせて、例えば、こんなふうに字幕が出るのです。

「我が輩は猫である。」

「本日は晴天なり。」

おかしいと思いませんか? 字幕の表示はカギカッコも含んでいますよ。

そう、閉じ括弧の前に句点(。)が来ているのです。

日本語の表記としては、閉じ括弧(正式名称は?)の前の句点は省略するのが 普通だと思っていたのですが・・・

小学校の国語の時間にそう習いましたし、今手元にある本を眺めても、 閉じ括弧の前に読点を付けているのは見当たりません。

つまり、上記の字幕は、

「我が輩は猫である」

「本日は晴天なり」

とすべきなのです。

この程度のことでメクジラ立てる必要もないかもしれないのですが、気になるものは 気になります。例えば、私がここでいい加減な日本語を使っても、「バーカ」と 思われるだけで済みますが、マスメディアではもっと気を使うべきだと思うのですよ。

先日は、もっとひどいのを目にしました。

「我が輩は猫である」。

こんな表記です。ああ、なんと無神経な。

こういう形式的なこともありますが、語彙や語彙の使用法を間違っているケースも 毎日のように見聞きします。それも、NHK や朝日新聞といった超大手の マスメディアで。

あまりにも日常的なことで、適当な具体例が思いつかないのですが、よくある のは、「珠玉の大作」みたいな矛盾した表現や、「関係各位殿」や「馬から落ちて 落馬した」のような意味の重複、「熱気の坩堝」のような微妙な(そうでもないか) ずれ、あるいは「的を得た」なんていう混合型、といったパターンです。

テレビにしろ新聞にしろ、最初にその文を書いた人がいて、世の中に出るまでには、 何人かのチェックが入ると思うのですが、どうやら、チェックする人も、正しい 日本語の知識を充分に持ち合わせていないようですね。単なるミスとか、チェック 漏れとは思えない間違いが多すぎますから。

これはやはり、昨今の活字離れと無関係ではないような気がしますね。 根拠はないですけど。

私は仕事上で文章を書くことも多いですし、他人の書いた文章をチェックする ことも多いのですが、そのチェックは本来は、技術的な正確性とか、 会社の公式な文書としての妥当性のチェックなのです。しかし、それ以前に、 日本語としてマトモじゃないのが多く、「俺の仕事は日本語チェックじゃなーい!」 などと思うこともしばしば。

新入社員の若い奴が書いたものならまだしも、文章でメシ食っている外注さんの 書いたものだったりすると、世の中どこかおかしいと思うわけです。

いちいちチェックするよりも、自分で最初から書いた方が速く正しく出来ると思われる ものもあり、外注さんに払うお金を私の給与に上乗せしてくれれば、大喜びで その仕事も引き受けましょう、と思うのですが、そんなことが実現するはずも ないし・・・

ああ、最後は愚痴になってしまった。


ちょいと追記:

川端康成や太宰治は、閉じ括弧の前に句点を付けていたようです。多分、 少数派なのでしょうが・・・






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