| 「心の通う医療」では何も解決しない |
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私のような医療のドシロートがこんなこと言うのは、ちょっと気が引けるのですが、 まあいいか。 もちろん、横浜の患者取り違え事故のことです。 と言っても、事故そのものの話ではなく、その後の色んな人たちのコメントに ついてです。 予想通りではあるのですが、私の見聞きした範囲でも、以下のような意見を述べる方が 何人かいました。
患者を人間としてではなく、モノとして見ているのではないだろうか。もっと、 心の通った医療を目指すべきであろう。うーーん、私はこういう考え方にはなじめないのですよね。 「心の通う医療とは?」ということは深入りしませんが、まあ、心は通わないよりも 通った方がよろしいとは思います。 でも、あの事故に関して「患者をモノとして見ている」なんて断言できないはずなのに、 そうであるかのごとく批判するのは安易すぎます。あるいは仮にそうだったとしても、 それが事故の本質を突いているとは思えないのです。 「心の通う医療」というのは、一般の企業の社員教育における精神論と同じレベル のことだと思います。 患者にとって一番大切なことは、適切な治療を受けられることであって、医師や 看護婦が暖かく接してくれることではないでしょう。もちろん、暖かく接することが 適切な治療に繋がることは有りうるのかもしれませんが、「適切な治療」が最初に来る べきであり、「暖かく」とか「心の通う」ことを過剰に重要視するのは、根本的に 間違いではないかと思うわけです。 人当たりがすごく良くて、患者のことを親身になって考えてくれるけど、実は ヤブ医者、ということだって有りうるわけで、それが患者にとって幸せか、 というと、もちろん No ですよね。 それから、これも当たり前のことですが、人間は必ずミスを犯します。体調や 精神状態の波もあります。 いつもは暖かく患者に接する看護婦さんでも、忙しさにまぎれて、無愛想になる ことだってあるでしょうし、何らかのミスをすることもあるでしょう。 私自身の仕事を省みても、かなりいい加減にやっていることはいくらでもあります。 「人の命を預かるのだから、いい加減じゃ許されない」という主張も分からなくは ありませんが、同じ人間なのですから、完璧を求めるのは絶対に無理です。 もちろん、完璧を目指すことを否定している訳ではありません。 ミスをすることを前提にして考えて、誰かがミスをしても、それをカバーできるような システムが必要だ、ということです。 あの事件にしても、もしかしたら、関係者の誰かはだらけきっていたのかもしれません。 だらけていたつもりはなくても、過労で集中力を欠いていたのかもしれません。 誰かは患者をモノ扱いしたのかもしれません。それで、ミスが発生したのかも しれません。 でも、それをカバーするシステムがあって、そのシステムが機能していれば、 あの事故は防げたと思うのです。 おそらく、そのようなシステム自体はあったのでしょう。でも、そのシステムに不備が あったか、うまく運用されていなかったかで、結果的にはあのようなことになった のでしょう。 だから、まず議論されるべきはシステムの問題であり、システムおよびその運用に 問題がないのであれば、次が関係者個人々々の問題(例えば、決められた手順通りに 仕事を行っていたか)であり、「心の通う医療」云々は、この事故に直接関係しては、 議論する必要などないと思います。 もし、「心の通う医療」云々を議論したければ、普段からすべきであり、このような 事故を捕らえてことさらに強調すべきではないでしょう。 驚いたのは、新聞の投書欄で現役の看護婦さんが、この事故に関連して「心の通う医療」 的なことに言及していたことです。医療に従事している当事者であれば、現在の 医療システムの長所も短所も分かっているでしょうに、それに関する批判や提言よりも、 精神論を先に持ってきてしまうのです。 「心の通う医療」を主張することで、この種の事故の再発をどのように防ぐことが できるのか、具体的かつ論理的に説明して頂きたいものです。どんなに心が通って いても、ミスは有りうるのですから。そもそも、心が通っているか否か(定義は 難しいが)と、ミスの発生頻度との間には、何か相関関係はあるのでしょうか? イメージだけで決めつけてはいけません。患者のことを親身に考えている→従って 医療行為にミスは少ない。あるいは、医療行為を完全に事務的にこなしている→ 従ってミスが多発する。こんなことは本当に言えるのでしょうか? 心理学に詳しい方なら、ミスを誘発する要因として、もっと重要な他のことを、 いくらでも挙げられるのではないでしょうか? 例えば、稚拙な言い方ですが、疲労度とミスの発生頻度には正の相関関係があるので、 もっと勤務時間を短くすべき、という主張なら理解出来ます。これはシステムに 関する議論といえるでしょう。 しかし、安易に「心が通っていないから・・・」と主張するのは、情緒的に訴える ものはありますが、それ以上の価値は見いだせません。事故の再発防止という 観点では、ほとんど意味はないのではと思います。 医療に限らず、人間は必ずミスをするのだから、ミスの発生頻度を低くしたり、 その影響を最小にするためのシステムこそが重要であり、精神論は全く別次元の ことであるという、極めて単純な論理が何故理解できないのか、私は不思議で なりません。 まあ、システムを考えるより先に、実質的にはあまり役に立たない、道徳的、倫理的な お題目を唱えてしまうのは、日本人の悪い癖と言ってしまえば、それまでのような 気もしますが・・・
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