1999年4月3日 命の恩人


しばらく前のことになりますが、私は新宿某店の香織(仮名)ちゃんの顔でも 見ておこうかと、雨振りにもかかわらず、会社帰りにトボトボとその店に立ち寄った のでした。

香織(仮名)ちゃんに関してご存じない方は、ここここを読むと大体のことがわかります。

その日は、彼女には何の連絡もしていませんでした。念の為、お店には電話を 入れて出勤を確認していましたが、名乗りませんでしたし、彼女に代ってもらいも しませんでしたので、彼女は私が来ることを知りませんでした。

ボーイさんに席に案内され、香織(仮名)ちゃんを呼んでもらいました。時間は 21:00 ちょっと前ですが、店は妙に空いていて、私の他には 6 人くらいのおっさんの グループがいただけです。

香織(仮名)ちゃんは、そのテーブルについていました。

ほどなく、ボーイさんに呼ばれた香織(仮名)ちゃんが、そのテーブルを立って 私の方に歩いて来ました。

でも、何か変です。顔がこわばっているというか放心状態というか。「あら、 いらっしゃーい」というような言葉も、笑顔もありません。

彼女は能面のような表情で無言のまま、私の隣りにドスンと腰掛けました。

「変な顔して、何かあった?」

と私が聞くと、香織(仮名)ちゃんは無言のままコクコクコクと頷きました。

「どしたの?」

と更に尋ねる私に、

「ちょっと待っててね」

と言って、水割りを作りはじめました。私の分と自分の分を。

とりあえず乾杯すると、香織(仮名)ちゃんはほとんどイッキ飲みです。

「はぁーー、おいしい。あっちのテーブルじゃあ、飲んだ気がしなかったわよ」

「何で?」

「見てわかんない?」

と言われて、香織(仮名)ちゃんがさっきまでいたテーブルを見ると・・・

納得です。つまり、そのお客さん達は、「ヤ」の付く自由業の方々だったのでした。

「ああ、なるほどね。恐かった?」

「もうだめ、生きた心地がしなかったわ。7 時半からいるのよ。で、その時は 女の子が私しかお店にいなかったから、ずっと私一人で相手してたの」

「ヤ」の付く自由業の方々であっても、こういうところでは紳士的に振る舞い、 むしろ高いボトルを入れるなどして、お客さんとしては優等生、ということもある のではないかと思うのですが、香織(仮名)ちゃんの話によると、そのお客は 水割りの作り方、グラスの置き方、タバコの吸い方、何から何まで注文がうるさくて、 それもドスの効いた大声で怒鳴るのだそうです。

したがって、テーブルの雰囲気はヒエヒエ状態。香織(仮名)ちゃんはベテラン なのですが、さずがにもてあましてしまって、いや、そんな生易しいことではなく、 本当に生きた心地がしなかったそうです。

で、そこに現われた正義のヒーローが私、高樹であります。高樹の必殺技は「指名」 です。見事、「指名」によって、香織(仮名)ちゃんは、窮地を脱することが 出来たのでした。

「つまり、俺って命の恩人だな、感謝しろよ」

などと恩着せがましいことを言っても許されるのです。

「うん、本当に感謝しているわよ。今日は来てくれて、ほんっとにありがとう!」

彼女は両手で私の両手を握って離しません。目がウルウルしています。

私は帰るまでに、「今日は来てくれて、ほんっとにありがとう!」を 10 回位は 聞かされました。

それはそれとして、

「こういう店で威張り散らしても、何もいいこと無いのになあ。遊び方も知らない のか。所詮はチンピラだな」

などと、向うのテーブルに聞こえないのをいいことに、私は勝手な感想を述べると、 香織(仮名)ちゃんも、

「『俺の真珠入りを試してみるか』だって、だぁーーれが! あそこに真珠入れる 前に、その顔を何とかしろ、って感じ」

と言いたい放題。

でも、さすが香織(仮名)ちゃんはベテランでありまして、自分が抜けたあとの テーブルの様子も気にしているのでした。つまり、比較的経験の浅い子が、その テーブルに残っていたので、なにかトラブルにならないかと気にしていたのです。

でも、結果的には何事もなく、ほどなく、「ヤ」の付く自由業の方々はオアイソして お帰りになりました。めでたしめでたし。

その後は、まあいつものようにいつものような話をして、私も 22:00 過ぎには 帰ることにしました。

店の外までお見送りに来てくれた、香織(仮名)ちゃんは、もう一度「今日は 来てくれて、ほんっとにありがとう!」と言うと、ちょっと背伸びをして、

「チュ!」

なんとなくそういう展開を予想していた私は、ハグハグでお返し。なにせ、 命の恩人なのですから、キスくらいはあっても然るべきです。

いや、恩返しと見るよりは、やはり二人の間のラブラブの証しと考えた方が、 気分がよろしい。

それはどっちでもいいとしても、彼女の肩越しに見えるお店の扉には、

「18 歳未満の方、および暴力団関係者の店内への立ち入りを禁じます」

世の中、そんなもんです。








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