昨日、アナル・セックスは云々と書いたところ、こんなメールが届きました。
確かにアナル・セックスはお互い協力的じゃないとできないですよねぇ。
でも、男性の究極の快楽って入れられながら入れる(笑)ことらしいですよ。
お名前は伏せさせて頂きます。某美人奥様ということにしておきましょう。
この方の日記は、シモネタ方面に触れることはほとんどないのですが、私のシモネタに
対しては、時々ドキッとするメッセージを下さいます。
いつもエロエロで書いている方からだと、そんなに驚かないのですが、普段の日記の
内容からは掛け離れているので、「おおおお!」と思うのです。
例えていうなら、AV 女優のヌードにはそんなに興奮しないけど、素人さんの
ヌードを見ると興奮するのに似ています。
ということで、この某美人奥様からのエッチ系の一言は大好きなのであります。
なんと申しましょうか、「彼女のエッチな一面を知っているのは、旦那さんの他には
私だけ」という勘違いで、心地好くなるのですね。
ところで、この某美人奥様、アナル・セックス経験者なのですね、きっと。
苦労されたのでしょう。そして、それを二人の愛と情熱とエロ・パワーで乗り越えて、
見事成功したのでしょう。
で、きっと悪くはなかったのでしょうね。別に「よかった」とも「全然良くない」とも
書いてませんが、この余裕のある視点は、良くなかった結果とは思えません。
さて、問題は二行目の「入れられながら入れる」という記述です。何が問題かというと、
「入れられ」「入れる」に関して、「何を入れられ」るのか、「どこに入れる」のか、
ということと「誰から入れられ」るのか、「誰に入れる」のかということです。
「誰」というのは個人を特定するのではなく、男か女かということです。
えーと、私は入れられながら入れた経験はありません。女性の指を入れられた経験なら
あります。
あ、男性の指を入れられた経験もあった。お医者さんだけど。
まあ、その話はつまんないから置いといて・・・
女性から(←ここ重要)、ちんちんとアナルを同時に愛撫されたことはあります。
いく瞬間にアナルに適度な刺激があるのはよろしいです、確かに。
でも、男から入れられながらという状況は、入れる相手が女であれ、男であれ、
それは私にとっては受け入れがたいものです。
一対一の関係を前提とする限り、「入れられながら入れる」というのは、女性と
普通にドッキングしながら、女性の指でアナルを、というパターンしか考えられない
でしょう。
それは確かに良いかもしれないですね。私にも充分受け入れ可能です。でも、
某美人奥様がおっしゃっているのは、こういうパターンではないでしょう。
男二人の図は想像したくもないですが、男二人で「入れられながら入れる」を
完結させるのは、なかなか難しいと思われます。松葉崩しでも無理でしょう。
二人とも「く」の字になって横になり、逆を向いて尻をくっつければ、お互いの
ちんちんの先っぽが、お互いの肛門に届くかもしれませんが、そこから二人とも
挿入するのは無理じゃないかと思います。
ということで、「入れられながら入れる」には基本的には、3人以上が必要に
なって来ます。
男3人でも、男2女1でもいいのですが、「入れられながら入れる」状態を
想像することは容易です。いちいち描写しません。
しかしながら、その状態においては、不平等が発生します。一人は確かに
「入れられながら入れる」なのですが、他の二人は「入れているだけ」あるいは
「入れられているだけ」です。
これは良くないです。セックスには平等の精神が重要です。
この不平等を解決するには、そういう趣味を持った男が何人か必要になります。
1さんが立ち膝の姿勢。その後ろに2さんが立ち膝の姿勢で1さんに挿入、その後ろに
3さんが立ち膝の姿勢で2さんに挿入、その後ろに4さんが立ち膝の姿勢で3さんに
挿入・・・・・、と来て(この時、1、2、3・・・は直線ではなく、円を描くように
します)、(n−1)さんの後ろにnさんが立ち膝の姿勢で(n−1)さんに
挿入、最後に円を完結するため、1さんがnさんに挿入。
はい、めでたしめでたし。全員が「入れられながら入れる」状態を経験出来ました。
これなら平等ですね。業界ではこのように形成された円を「さぶサークル」と
呼びます。
さて、ここで問題です。
1. 「さぶサークル」を完成させるための、nの最小値を求めよ。
2. また、nの値と全員が一緒にイク確率との相関関係について論ぜよ。
レポート書きたい方は、勝手に書いて下さい。強制はしません。