タクシーとかバスの運転手さんが、同じ会社のタクシーやバスとすれ違うときに、
ひょいと手を上げて挨拶するでしょ?
ガキンチョの頃は、そういう光景を見て、「かっこいい」などと思ったものですが、
今では全然そんなことはなく、むしろ苦々しい気持ちですね。
「よそ見すんじゃねーよ」とか「そんなことに気を遣うよりも、歩行者や自転車に
気を遣え」ということです。
事実、タクシーやバスに乗っていると、道の端を走っている自転車を追い越そうと
する時でさえ、対抗車線に同僚の車を発見して、挨拶をかわす場面に遭遇することが
あります。
私が車を運転していて自転車を追い越す時は、自転車が急に進路を変えることを
考えて、自転車の動きに集中しています。だから、同乗者が何か話しかけて来ても、
返事はしません。というか、会話をする(相手の言ったことを理解して、返事をする)
回路がオフになってしまうので、会話が一時的に成立しなくなります。
もちろん、運転中はいつも会話回路オフということではなく、危険や危険の可能性を
察知したときだけですけどね。
なもんで、タクシーとかバスの挨拶は、どうにも危険に思えるのですよ。そりゃ、
挨拶したからといって、著しく危険度が増すということはないかもしれませんが、
少なくとも、運転に集中しているよりも危険ではあるでしょう。ステアリングから
手を離すことがどうこう、ではなくて、そちらに神経がいってしまうことが問題です。
挨拶しようとすれば、すれ違う車の色や模様などに常に気をはらって、同僚の
車かどうか判断しなければなりません。一般のドライバーは、「どこにどのような
状態で車がいて、どのように動こうとしているか」には注意していますが、
車の色や模様はどうでもいい情報です。
ですから、挨拶を前提とすると、ドライバーの頭の中で、安全かつスムースな運行には
不必要な、余計な情報処理が発生するわけで、その分、安全かつスムースな運行に
必要な情報処理が手薄になると考えられます。
一方、挨拶することのメリットなど、何も考えられませんから、挨拶なんてするべき
ではないと思うのですよ。
タクシー・ドライバーを観察していると、すれ違うタクシーを、安全運転のために
必要と思われる以上に長時間に渡って(といっても、せいぜい 1 - 2 秒ですけど)
見ていることがよくあります。これは挨拶するべき対象かどうかの判断をしている
ため、および挨拶の時に相手を視線を合わせるためでしょう。
あの挨拶は、会社が「同僚とすれ違ったら、手を上げて挨拶しましょう」なんて
指導してるんでしょうか? だとしたら、アホなことですね。私が経営者なら、
「我が社では、意味のない挨拶などさせません。安全運転に集中するためです」
と言いきって、それを宣伝しますけどね。そのほうがお客さんのウケもいい
でしょうし。
時には片側2車線の道路で、お互いに左側の車線を走っているのに、目ざとく見つけて
挨拶してたりもします。なんでそこまでしなきゃならんのか、全く理解に苦しむ
のであります。
挨拶なんて、会社で顔を合わせたときにすればいいんであって、運転中にすれ違った
ときにいちいち手を上げても、なーーーーーんのご利益もありゃしない。まあ、
お互いに赤信号で停止しているときなら、固いことは言いませんが、走っている
ときなら、少なくとも挨拶することを当たり前にしてはならんと思うわけです。
タクシーとは関係ありませんが、話のついでに書いてしまうと、携帯電話用の
ヘッドセットはいかんですね。運転中の携帯電話使用の危険性というのは、
片手運転に起因するものばかりではないはずです。むしろ、音でしか繋がっていない
相手と会話することで、注意力散漫になることのほうが、より危険だと思います。
だから、ヘッドセットならば運転中に電話してもよろしい、というのは、
「ヘッドセットなら安全である」という誤解をドライバーに与え、それを推奨する
ことになり、それが原因となる事故を誘発することにも繋がるのではなかろうかと
危惧しています。
あえてきついことを言わせてもらえば、周囲の状態の把握、判断、それに応じた行動、
という循環が、普段からまともに働いていれば、タクシーの挨拶にしろ、運転中の
携帯電話にしろ、禁止されるまでもなく、恐くて出来ないと思うのですよ。
私は出来ませんね。上記の循環が乱れるのはとても恐いことです。挨拶自体は
どうということはありませんが、すれ違う車の色などをいつも気にしていることは
とても出来ません。
携帯電話は言うまでもありません。程度の差こそあれ、目を閉じて運転するような
恐さを感じます。
平気な顔で運転中に携帯電話しているドライバーというのは、普段から
集中力を欠いた、あるいは上記の循環が不十分なまま運転をしているから、
それが平気なのでしょう。つまり、そういうドライバーは携帯を使っていなくても
充分に恐い存在なのだろうな、と思うのであります。