「おお、新たにあの人も参加!」の WebColumn 2周年記念オフに関してはこちらを
ご覧下さい。引き続き参加者募集中です。
本日2回目の更新ですが、タイミングをはずすといけないので・・・
1回目の内容が読みたい方は、お手数ですがホームに戻ってから飛んで下さい。
高樹君は小学校2年生です。高樹君はいじめられっ子です。
以前に、高樹君は幼稚園でうんこをたれてしまったことがあります。それ以来、
高樹君は「うんこたれ〜」と呼ばれていじめられているのです。
高樹君に触ると「高樹菌」が染るのです。高樹君に触って「高樹菌」に感染した人に
触っても、「高樹菌」が染るのです。高樹菌は恐ろしい菌で、感染すると、誰かに
それを染さない限り、人前でうんこをたれてしまうのです。
「高樹菌」が染らないようにするには、「えんがちょたかぎバーリア」と言って、
両手でチョキを作って閉じたり開いたりを3回しなければなりません。
誰も高樹君には近づきません。何かのはずみで高樹君に触ってしまった人は、
「えんがちょたかぎバーリア」攻撃にさらされることになります。
とまあ、こんな話はいつでもどこにでもあることではあります。
ここで、イジメの問題を議論するつもりはありません。ただ、この種のイジメの
根っこには、日本人特有の「穢れ」の概念があるように思います。
この「穢れ」は物理的科学的なものではありません。高樹君がうんこをたれた
直後には、たしかに汚なかったでしょうが、そんなものはお風呂に入って体を
洗えばすぐにきれいになることです。でも周囲の人達は、お風呂に入ろうが
何をしようが、消せない「穢れ」が存在しているように思い込んでいるのです。
子供の場合は、そういう「穢れ」に対して「高樹菌」のように名前を付けたりも
しますが、それは「穢れ」をとてもよく表わしていると言えます。
さて、よんひゃんさんも
2/25 付けの日記で書いていらしたように、私の見識の範囲では、大相撲の土俵に
女性を上げないという伝統(単なるあしき習慣だと思いますが)は、「穢れ」の
概念に基づくものです。
よんひゃんさん以外にも、この問題について書いた方が何人かいらっしゃいましたが、
私の見た範囲では「穢れ」に言及していたのは、よんひゃんさんだけでした。ちょっと
複雑な気持ちになります。
女性は「穢れ」た存在なのです。女性のどこが「穢れ」なのかというと、月経が
あることと出産をすることです。穢れた存在である女性は、神聖なる土俵に上げては
ならないのです。
もちろん、私自身はそんなことは思っていませんが、昔の日本ではそのように
考えられていて、その影響は現代でも残っているのです。
「宝塚歌劇団には男性は入れません」という話と、「女性は土俵に上がれません」
という話は、全く違う次元の話です。古くからの伝統だからという理由で「女性は
土俵に上がれません」を支持する前に、伝統の背景を正しく理解する必要があるでしょう。
月経のある女性は穢れているという考え方と、うんこたれは汚ないという考え方は、
同一線上に並ぶものだと思います。つまり、「女性は土俵に上がれません」というのは、
「えんがちょ」なのです。
伝統もピンキリでして、本当に価値のある伝統ならば守るべきでしょうが、
「えんがちょ」を大切にする必要などどこにもありません。むしろ、
積極的に破棄すべきものでしょう。
この議論を社会的な意味での男女平等の議論にしてはならないと思います。
人間としてのもっとプリミティブな部分が問われていると思います。
うまく言葉に出来ないのですが。
だいたい、経血よりもうんこのほうが汚ないです。私は経血なら舐められるかも
しれませんが、うんこは絶対に舐められません。月経のある女性が穢れているなら、
毎日うんこをしている人は、もっと穢れています。便秘気味で週に一回しか
うんこをしない人は、それほど穢れていません。
ちょいとふざけた書き方をしましたが、「女性は土俵に上がれません」というのは、
こんなレベルの話なのですよ。
ここはひとつ、大阪の太田知事には強硬に主張してもらい、是非とも土俵に
上がって頂きたいものです。もっとも、太田さんに「穢れ」に関する認識が
あるかどうかは知りませんが。
もし、どうしても日本相撲教会がうんと言わないなら、秘策があります。
まず、ダンプ松本とデビル雅美を特別顧問として採用します。
はい、もうおわかりですね。
乱入です。プロレス最大の見せ場であるところの「乱入」を決行するのです。
千秋楽の表彰式に、ダンプ松本、デビル雅美、太田知事の3人が乱入して、
土俵に上がって既成事実を作ってしまうのです。
ダンプ松本とデビル雅美なら、乱入のノウハウはバッチリです。必ずや
乱入は成功することでしょう。
アホくさいと笑う無かれ。もっとアホくさいのは「穢れ」の考え方です。