2001年2月5日 ためらいカップ


女性にとって、自分で脱ぐのか男から脱がされるのか、 という問題の重要性がいかばかりのものなのか、男の私としては いまひとつ分かりにくいものです。

ただ、女性が私の目の前で自分で脱ぐということは、なかなかにエキサイティングで あることは言うまでもありません。ストリップの話ではありませんよ。 個人的な深い関係においての話です。

付き合いが長くなると、恥ずかしさのカケラもなくパッパッと脱いでしまいますが (もしかしたら、多少は恥ずかしいのかもしれませんが)、初めての時とか、 初めてではないにしろ付き合いの浅い段階では、かなりの恥じらいを持って脱ぐわけで、 それがよろしいわけです。

そのような時、多くの方は次のようなことをします。

ブラのホックをはずし、肩紐をはずした段階で、両方のカップを両手で持ちます。 そして、そのままで一瞬のためらいを見せた後に、カップを取り去るのです。 私はこの行動パターンを「ためらいカップ」と呼んでいます。たった今、 思いついたんですけど。

この「ためらいカップ」はちょっと興味深いものです。何故、 このようなことをするのでしょうか?

「恥ずかしいから・・・」と言ってしまうとそれで終りのような気もしますが、 カップを取る段階になってのためらいというのは、往生際が悪いと言うか何と言うか。 いやいや、別にそれを非難しているわけじゃありませんよ。その往生際の悪さが 可愛らしかったりもします。

往生際が悪いといえば、カップを取った後でも両手で乳房を覆って、 乳首が見えないように隠していたりして、これもまた往生際が悪いことであります。 男がその手をどける、という楽しみ方もありますが、 黙って見ていて、自ら進んで手をどけるのを待つのも悪くありません。

映画などでも、「ためらいカップ」にはよくお目にかかります。きっと台本にも 「カップを両手でささえて 1 - 2 秒ためらい、カップをはずした後も、 両手で乳房を隠す」などと書かれているのでしょう。

こういうことは、単に女性が恥ずかしがっていることを表現しているだけではなく、 それなりの演出効果が認められているということなのでしょう。 AV ですら「ためらいカップ」の演出がありますから、それを見た男は 「往生際が悪い!」と憤慨するのではなく、なにかしらトキメクものを 感じるのでしょう。

実際、可愛らしいです。この期に及んで、全てを見せるのをほんの何秒か遅らせることに どれだけの意味があるのか、なんてことを言ってはいけないのです、きっと。 男としては、素直にその可愛さを楽しむべきなのでしょう。

女性の側に「焦らす」という意識があるかどうかは分かりません。多くの場合は、 単に恥ずかしさから「ためらいカップ」になっているだけなのでしょうが、 もしかしたら、「ためらいカップ」が男に及ぼす効果を計算しつつ、 それを行っている人もいるかもしれません。

もちろん、そういう計算があったとしても、いや、そうであればなおさら、 男としてはそれを楽しむべきでしょう。カップをはずした後で、乳房を隠しているのも 全く同様です。

間違っても、「何で隠してるんだよ!」とばかりに手を払い除けてはなりません。 ゆっくりとゆっくりと手をどけるか、そうでなければ女性が自ら手を下ろすのを 待たなければなりません。

待ちきれないことが多い、というのが私の反省点です。今度そういう機会があったら、 じっくりと待ってみたいと固く心に誓う高樹でありました。







                        
ここを押すと、私宛てにメールが届きます。
一言あればどうぞ。


日記才人の投票ボタンです。よろしければ、

を押してください。
投票には登録が必要です。
まだ登録されていないかたは、 こちら で。

ご意見、ご感想などは fwjd1945@mb.infoweb.ne.jp までお願いします。

HOME    BBS