ラーメン好きにはラーメン好きなりの哀しみがあるのです。
例えばAという店があって、とても評判が良いので一度行ってみたいと思っていたと
しましょう。ところが、そこは普段の行動範囲からははずれていて、
なかなか行く機会に恵まれなかったとしましょう。
ある日、仕事で顧客であるB社を訪問することになりました。私の他、
関係する会社の方々数名で訪問するのです。そして、なんとB社は
Aの近くにあることが判明したのです。
もし、「13:00 にB社で待ち合わせ」ということなら、私は早めに会社を出て、
Aでラーメンを食べてからB社に向かいます。このパターンなら幸せです。
ところが世の中そうそううまくはいきません。「12:00 に○○駅(最寄り駅)で
待ち合わせて、昼飯を食べながら事前打ち合わせをして、
それからB社に向かいましょう」なんてことになるのです。確かに
事前打ち合わせは必要ですから、私がわがままを言う訳にもまいりません。
駅ビルのレストランで、まずいハンバーグ定食などを食べながらの打ち合わせに
なるのです。「あーあ、Aでラーメン食いたかったなぁ」などと思いながら。
で、B社に向かう途中でAの前を通ったりして、煮干しダシのよい香りに、
さらに哀しい気持ちになるのです。
あて、B社での仕事も終わり、私は会社に戻らなければなりません。でも、
若干の時間の余裕があります。お腹は空いていませんが、ラーメン一杯位は
入ります。当然のように「よし、Aに寄ってから会社に戻ろう」などと思うわけです。
しかし、誰かが「そのへんでお茶でも飲みながら、今後の対応方針を
決めてしまいましょう」などと言い出すのです。「そんなの後からメールで・・・」
とは言えませんです、はい。で、お茶を飲みながらうだうだと打ち合わせ。
結局、Aに寄る時間はなくなってしまうのです。ああ哀しい。
1ヶ月ほど前、このパターンがあったのでした。哀しいものです。もちろん、
まだAには行ってませんです。
このパターンも哀しいのですが、全然別のパターンで哀しくなったこともあります。
ちょいと汚ない話なので、心の準備をしておいて下さい。
先日の帰宅途中、某駅のホームで吐瀉物を発見しました。ひらたく言うとゲロです。
酔っぱらいオヤジがやってしまったものでしょう。
もちろん、そのゲロをしげしげと見つめたわけではないのですが、
吐瀉物にはラーメンが含まれているのが分かってしまいました。
それだけなら「あ、きったねぇ」で済む話です。別に哀しくなどなりません。
何が哀しいかというと、「あ、このラーメン、○○のラーメンだ」と分かって
しまったのです。ゲロに含まれる麺の太さ、形状、色で店が特定出来たのですよ。
特定しようとして観察したわけじゃないですよ。一瞬見ただけで、
パターン認識が働いて分かってしまったのです。
テレビチャンピオンのラーメン王決定戦なら、麺を見ただけでラーメン屋を
特定出来るのは良いことです。歴代ラーメン王の方々なら、特定能力は私の
100 倍位ありそうですが、それでも、ラーメンのゲロを見て店を特定出来たら、
きっと哀しい思いをするんじゃないでしょうか。
「何でゲロを見て分かってしまうんだぁ・・・・」
ということです。私も哀しかったです。
おそらくゲロの主は、フィニッシュ・ラーメンを食べた後、
駅まで来て気持ち悪くなって、やらかしたのでしょう。
フィニッシュ・ラーメンとして○○のラーメンを食べるのは、
ちょっと辛いと思います。ボリュームはあるし、ブタの背脂はすごい量だし。
酔った時にあれを食べるのは、気持ち悪くなる可能性が高いですよ、きっと。
フィニッシュ・ラーメンとしては、もっとあっさりしたものを選びたいものです。