2001年4月23日 お陀仏さん発言に思う


既に古い話題になってしまいましたが、田中真紀子氏の「お陀仏さん」発言。

まあ、あまり上品な発言でないことは多くの人が一致する所かと思います。 しかしながら、野中氏の「人として許されない」というのもどうかと思うのです。 田中氏の発言で気になるのは、故小淵氏の政策の失敗と死んだことを関連付けている ような印象があることです。野中氏もそういう部分を批判すれば良いと思うのですが、 「死んだ人を悪く言うのは人の道にはずれたことだ」といった価値観から出ている ような発言に聞こえてしまうので、説得力に欠けるんですよ、私にとっては。

「お陀仏さん」発言は、ある意味身内の人の、それも故人に対してなされたもので、 「お陀仏さん」なんていう物言いは確かに誉められたものじゃありません。でも、 それが問題なら、森首相の「エイズが来た」発言や、麻生氏のヤコブ病発言なんかは、 その 100 倍も問題だと思うのですよ。死んだ人は誰に何を言われようと、 利害はありませんし傷付きもしませんが、「エイズが来た」発言はエイズに対する 誤解や無理解を助長して、エイズ患者さんやエイズ医療に携わっている人達に 不利益をもたらすことになりますから。

「死者を鞭打つ」という言葉があるように、日本では古来から死んだ人を批判的に 言うのはいけないこと、禁忌であるかのように言われて来ました。実際、 今でもその風潮は根強く残っています。それには宗教的、呪術的背景があると 思われます。

「死んだ人を悪く言ってはならない」の、合理的で理性的な理由って何でしょう?  まあ、遺族にとってはいい気分じゃないでしょうが、生きている人の家族だって 同じ事情ですから、ことさらに「死んだ人を〜」ということじゃないと思います。 また、批判が根も葉もないことだとしても、それも生きている死んでいるには 関係のないレベルでよろしくないことですよね。

個人的には死んだ人だろうと生きている人だろうと、何ら区別する必要はないと 思うのですけどね。もちろん、死んだ人は反論出来ないのは事実ですが、 反論できないから批判しちゃならないというのも納得出来ません。 また、死んでしまっていたら批判対象となった事柄に関して、 責任の取りようもないですし、何らかの改善も出来ないわけで、 そういう当たり前のことをわきまえていれば、批判自体が悪いということはないと 思うのですよ。

つまり、批判するにあたっての基本的な責任は、相手が死んでいようが生きていようが、 何ら変わらないと思うのですが、いかがなものでしょう?

田中氏の発言は党紀委員会とやらにかけられて、結局はお咎めなし、 に落ち着いたようですが、「お陀仏さん」が党紀委員会なら、 森さんはどうなるのでしょう?

政治家としての責任を測る尺度が、おかしな方向を向いているとしか思えません。 仮に「死んだ人を悪く言うのは人の道にはずれたことだ」という倫理観は認めると しても、政治家の立場で、HIV 感染者に対する差別的発言などと比べて、 それがより責任重大とは到底思えません。

総裁選の選挙運動期間中だから、選挙戦の戦術としてああいうことが行われた、 ということは否定できないかもしれませんが、そうであるにせよ、 政治家の皆さんだけではなく、我々日本人の心の中には「死んだ人を悪く言うのは〜」 という禁忌が根強くあるからこその戦略だと思われます。

これだけ科学が進み、我々が多様な価値観を知る機会も増えて来ているのですが、 それにしてもこういう宗教的・呪術的禁忌というのは、 なかなかなくならないものだなぁ、と思うのでありました。







                        
ここを押すと、私宛てにメールが届きます。
一言あればどうぞ。


日記才人の投票ボタンです。よろしければ、

を押してください。
投票には登録が必要です。
まだ登録されていないかたは、 こちら で。

ご意見、ご感想などは fwjd1945@mb.infoweb.ne.jp までお願いします。

HOME    BBS