2002年2月5日


朝日新聞読者に物申す


先日、「朝日新聞(他)に物申す」で、 天声人語に書かれていた「モー我慢出来ない」について文句をたれました。 ちょっとタイミングをはずしてしまいましたが、その続報です。

「朝日新聞(他)に物申す」の時には、 一部で大受けを頂きまして恐縮しました。こちらの勝手な期待としましては、 私の主張に深く納得しつつ笑って頂く、というのがベストな反応でありまして、 そういう意味では大受けは正しいことなのです。

さて、「モー我慢出来ない」は 1 月 24 日付けの朝刊でのことですが、 その後しばらくして、同じく天声人語に次のような一節がありました。 引用します。

事件発覚のとき「モー我慢できない」と牛の気持ちを代弁して書いたら、 読者からは「笑い事ではない」とのおしかりの手紙をいただいた。ただ、 牛の立場というのも考えてみたい。

やっぱこの筆者は何も分かっていません。「モー我慢できない」が「牛の気持を代弁」 だそうです。これってギャグでしょうか? さらに、「笑い事ではない」 という手紙を書いた読者も恐るべき感性の持ち主です。こういう読者がいるから、 そしてそういう読者が手紙を書いたり投稿したりするから、 筆者はいつまでたっても気付かないのかもしれません。

繰り返しますが、シリアスな事件に対する論評でギャグをかますこと自体は、 私は何も問題視していません。そりゃ、あまりに不謹慎なギャグはどうかと思いますが、 ギャグ自体を否定するのはおかしいと思います。

断じてギャグとは認めたくない「モー我慢できない」というカビカビのフレーズを 常用している感性が、報道機関として全く信じられないのです。

それはさておき、驚くことに、「笑い事ではない」と書いた読者は、 「モー我慢できない」を「笑い事」と解釈してしまったのです。牛の話題で 「モー」だから「笑い事」なのです。「牛 → モー」という展開をパターン認識的に、 あるいはパブロフの犬的に「笑い事」と感じてしまうのでしょう。その結果、 もしかしたら「ハハハハ」と乾いた笑い声が出てしまう人もいるかもしれません。

私は声を大にして問いたい(でも、「小一時間問い詰めたい」は使いません。 恥ずかしいから)。本当に「モー我慢できない」は可笑しいですか?  世論調査をして頂きたいくらいです。「『モー我慢できない』というフレーズを 使う自分を笑い物にする」という形で使うならばともかく、「モー我慢できない」 それ自体は既にギャグにはなっていないと思うのです。

読者がおしかりの手紙を書くとしたら、「笑い事ではない」ではなくて、 「そういう恥ずかしいフレーズは使用禁止にしろ!」でなくてはなりません。 「モー我慢できない」は「ちょいと銀ブラとシャレこもうか」 よりも 100 倍恥ずかしいフレーズです。「銀ブラ」と「シャレこもう」 が分からない人は、30 代後半以上の人に聞いてみましょう。

差別的な語句や表現を使用しないことも結構ですが、あまりに恥ずかしいフレーズも 使用禁止にしてしまうべきでしょう。とりあえず、「牛 → モー」、 「犬 → ワン」、「猫 → ニャン」、「ニワトリ → ケッコー」といった連想で 成立している駄洒落モドキは全廃して頂きたい。

そして、「モー我慢できない」を「笑い事」と感じてしまう、 そんな固定化された思考回路は、オヤジギャグの温床となっているばかりではなく、 「前例がない」という理由だけで、新しい事を拒否するお役所的発想にも通じるのです。

・・・というのはちょいと飛躍してますが、ギャグの「前例」を金科玉条のように 重んじる姿勢には、「前例がない」にも共通する匂いを感じなくもありません。




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