既に色々なところで言われていることではありますが、最近気になる言葉使いとして、
「ほう」と「から」があります。
歌舞伎町などを歩いていると、ビラを持ったおにいさんやおねえさんが、
「カラオケのほう、いかがですか?」と声を掛けてくるわけですが、
この「ほう」って何でしょう? あんたが持っているビラはカラオケ屋のビラであって、
カラオケ屋さんの周囲にある別の店のビラじゃなかろう?
いかがわしい消火器を売り付けに来るいかがわしい奴が、「消防署のほうから来ました」
というのは「ほう」の正しい使い方です。商売として正しいかどうかは別ですけど。
コンビニで買い物をして千円札を出すと、「千円からお預かりします」と言われてゲンナリします。
この「から」にはどのような意味があると言うのでしょう? 俺が出したのは千円札であって、
「千円から」を出したわけじゃないのです。千円札を預かる時に、すでにつり銭の計算を始めていて、
「1000 円から 630 円を引いて・・・」の「から」なのでしょうか?
この「から」の使い方は、きっとマニュアル通りなのですね。この「から」
は特定のコンビニだけで偏って使われているわけではなく、
広く使われているということは、多くのマニュアルにおいて、
「から」が使われているのだと想像されます。マニュアルを書いた奴の見解を
聞かせて頂きたいと思うのです。この「から」の意味は何なんでしょう?
これまた良く言われていることでありますが、最近気になる言葉の多くが
「ぼかし」的な意味を持っているように思います。「ほう」と「から」
もそうですし、「とか」や「みたいな」もそうです。
ぼかす必要のないところでぼかしているわけです。
私はぼかしが嫌いです。こう書くとスケベな意味に取られそうですが、
その通りです。普通の会話の中で普通につかわれるぼかしは嫌いではありませんが、
必要がないところや、むしろぼかしてはならないところでぼかしてしまうのは、
全く好きになれません。
こういう現象にあれこれと理由をつけている説を見聞きすることもありますが、
それらの説の正当性はおいといて、とりあえずはシンプルに「変な使い方」
と断じてしまうのが先決かと思います。あれこれ偉そうに分析するよりも、
「だっせー!」などと言ってしまうほうがよろしいかと思うのです。
全然関係ありませんが、今朝の日本テレビのニュースで、昨日の列車事故について、
「人為的ミスの疑いが強くなってきました」と言ってました。
「それを言うなら『人的ミス』だろ!」とテレビの前でツッコミを入れたのは言うまでもありません。
「人的」と言ったのを、私が「人為的」と聞き違えた訳じゃありません。
字幕にも「人為的ミス」と出てましたから。
「人為的ミス」ってのもワケワカランです。
あえて「人為的ミス」の意味を解釈してあげても、昨日の列車事故の運転手のミスに使うのは
適してないでしょう。「カラオケのほう」とか「千円から」は、
人為的ミスと言っても良いかもしれませんが。