ちょっと前の土曜日なのですが、私は都内の某ラーメン屋さんに行くために
電車に乗っていました。土曜日の 10 時過ぎですから、電車はさほど混んではいません。
ポツポツと空席があります。
私の右隣りには 20 代中頃と思われる男が座っておりました。
その男を仮に滝沢と呼びましょう。全然根拠はありませんが、
なんとなく滝沢です。
私と滝沢との間には、微妙にあいたスペースがありました。
0.3 人分位のスペースです。混んでいないので、
きちんと詰めて座っているわけではないのです。
それはそれで良いのですが、この滝沢、貧乏揺すりをするのです。
ほとんど休みなくしています。そして、
その貧乏揺すりは普通の貧乏揺すりだけではありません。
座った状態での普通の貧乏揺すりは膝が上下します。これには、右だけの貧乏揺すり、
左だけの貧乏揺すり、左右が揃った貧乏揺すり、左右が逆の貧乏揺すりの
4 つのパターンがあります。滝沢の場合は左右が揃った貧乏揺すりです。
その左右が揃った貧乏揺すりを 10 秒程すると、滝沢は一旦それを止めるのです。
そして、両膝を左右に動かす、つまり膝を閉じたり開いたりのパターンの貧乏揺すりに
変化するのです。そしてそれも 10 秒程で止めて、
またもとの上下の貧乏揺すりに戻ります。これが繰り返されるのです。
上下 → 左右 →上下 → 左右 →上下 → 左右 →上下 → 左右 →上下 → 左右
と延々と貧乏揺すりが続くのです。
上下の貧乏揺すりをされると、私に振動が伝わってきて不快です。
左右の貧乏揺すりの場合は、滝沢が膝を開いた時に、稀に彼の左膝が私の右膝に
軽く触れるので、これまた不快です。
この二つの不快を私は繰り返し味わったのであります。
多少の貧乏揺すりならともかく、ずっと継続しているのですから、
こちらとしても気分は良くありません。何か言ってやろうかとも思ったのですが、
ずっと休みなく貧乏揺すりを続ける滝沢の様子が尋常ではなく、
とても言い出せませんでした。
何となく、逆ギレされそうなイメージだったのですよ。殴られでもしたら損ですし、
こちらとしても我慢できない程不快だったわけでもないし。
そんなことを思っていると、車内が徐々に混んで来ました。滝沢の左側、
つまり私の右側には少しのスペースがあり、滝沢の右側にも同じく
スペースがありました。滝沢がどちらかに詰めると、もう一人座れます。
滝沢が選んだのは私の側に詰めることです。混んできても、
平気で一人分以上のスペースを占有している奴や、左右に微妙なスペースを残したまま
座っている奴も多い中、滝沢はその点ではマトモです。ただ、
逆側に詰めて欲しかったですけどね。
私にほぼピタリとついて座りなおした滝沢は、左右の貧乏揺すりを止めましたが、
上下の貧乏揺すりは止めません。左右の貧乏揺すりは、
膝が両隣の人に当って迷惑をかけるという意識はあるようです。それなら、
上下の貧乏揺すりも止めて頂きたいものです。席は詰めるし、
左右の貧乏揺すりは止めるけど、上下の貧乏揺すりは止めないというのは、
どうにも理解できませんです。
そんな滝沢ですが、彼にも上下の貧乏揺すりを止める時が来ました。
彼の前に若くて綺麗な女性が立った瞬間に、滝沢は上下の貧乏揺すりを止めたのです。
とても分かりやすい行動です。かっこ悪いところを見せたくないのでしょうね。
私や彼の右隣のおじさんには、貧乏揺すりを見られても構わないのですが、
若い女性に見られるのは嫌だということです。
この一連の彼の行動を見ていると、彼は彼なりの判断基準で、その場その場の状況で
許される限りの貧乏揺すりをしている、と解釈出来ます。「彼なりの判断基準」
というのは、左右にスペースがあれば左右と上下の貧乏揺すりをする、
左右にスペースがないときは上下の貧乏揺すりだけをする、ただし、
若くて綺麗な女性の前ではどちらもしない、というものです。
滝沢の貧乏揺すりにかけるこの情熱とは一体何なのでありましょうか?