ブロードバンドについては、一年以上も前に
こんなことを書いておりますが、
今日は別の観点から。
「ブロード」なんて言っておりますが、我々が現在、一般家庭で普通に利用できるのは、
ADSL の 8Mbps 程度のものです。つまり、理論値としては、
一秒間に 800 万ビット = 100 万バイト ≒ 1 メガ・バイトのデータの
受信が出来るのです。
「ネットワーク帯域幅の総計は 9 ヶ月毎に 2 倍になる」というジョージ・
ギルダーの法則は、我々が直接利用可能なネットワーク帯域幅が 9 ヶ月で
2 倍になることを示しているわけではありませんが、今後、
さらに高速なネットワークが利用できるようになるのは間違いないことでしょう。
そうすると、現在は Mbps の世界ですが、Gbps の世界に突入することも、
遠い将来のことではないでしょう。実際、LAN では Gigabit Ethernet は珍しいもの
ではありません。WAN においても Gbps の時代が来ることに懐疑的な人は
少ないと思います。いや、Gbps だけではなく Tbps だって夢の世界ではないでしょう。
そこで私の疑問は、たかが Mbps ごときを「ブロードバンド」
などと呼んでしまっていて、Gbps の時代になったらそれを何と呼ぶのか、
ということです。「スーパー・ブロードバンド」でしょうか? それとも
「ハイパー・ブロードバンド」でしょうか?
はたまた「アルティメット・ブロードバンド」でしょうか?
じゃあ、Tbps になったら・・・?
別に何でも良いのですが、「スーパー」とか「アルティメット」とかいう、
超絶系凄いんだぞ系単語を使い果たしてしまったらどうするのでしょう?
「アルティメット・ブロードバンド・ターボ」などと言ってみましょうか? あるいは
「アルティメット・ブロード・バンド GT-R」とか
「アルティメット・ブロード・バンド・エボリューション VII」とか?
「アルティメット・ブロード・バンド・エボリューション VII」なんてのは長いので、
「アルブロエボ VII」などと呼ばれるに違いないのです。かなり恥ずかしいのです。
私が心配するようなことではないのですが、実に憂慮すべき事態なのです。
私は「ブロードバンド」という言葉が使われ始めた時から、イヤな予感があったのです。
将来の夢の世界を「ブロードバンド」と呼ぶならよいのですが、
そこそこ速い程度の帯域幅を「ブロード」なんて呼ぶと後で困るぞ、
と思っていたのです。私の心配事は現実のものになりました。
ビジネスのキャッチに「ブロードバンド」が使われ、更に卑小化された
「ブロードバンド」が ADSL と同義語に成り果てた現況は、
皆さんもご存じの通りです。私はこの事態を憂慮しております。
「アルブロエボ VII」などとは言いたくないのです。
さらに、私にはもうひとつの心配事があります。
ネットワークを含めたコンピュータ・システムを構成する要素において、
大ざっぱに「速さ」に優劣を付けると、下記のようになります。
プロセッサ > メモリ > ディスク(外部記憶装置) > ネットワーク
これは現在においてはほぼ正しい順列です。ところが、
ネットワークがどんどん速くなっていくと、ディスクの速さを抜き去るのはもちろん、
メモリもプロセッサもどーんと抜いてしまうのです。つまり、
ネットワーク > プロセッサ > メモリ > ディスク(外部記憶装置)
こんなことが起こる日も遠くはないでしょう。
「プロセッサの性能は 18 ヶ月毎に 2 倍になる」というゴードン・ムーアの法則が
ありますが、ネットワークの速さはそれ以上のペースで速くなっているのです。
ですから、いつの日か、ネットワークはプロセッサを追い抜いてしまうのです。
ネットワークが一番速い状態は悪いことではなさそうな気もしますが、
よくよく考えてみると、ネットワークとのデータのやりとりにはプロセッサが
使われるのです。つまり、プロセッサがボトルネックになって、
ネットワークの帯域幅を 100% 使いこなすことが出来ない、
という事態が想定されるのです。
おそらくそういう時代には、我々が机の上で使う機器に搭載されるプロセッサの
主な仕事は、ネットワークとのデータのやり取りになり、
場合によっては複数のプロセッサなり、ネットワーク専用の命令セットを持った
プロセッサなりが使用され、アプリケーション自体は、Web を経由して接続された
ASP のサーバ上で動く、ということになるのでしょう。
これは以前に書いた通りです。
パソコンのプロセッサ性能の意義は、現在はアプリケーションを速く動作させることに
ありますが、将来においては(現在のアーキテクチャのパソコンは
絶滅してるでしょうが)、快適なネットワーク環境を実現するため、
ということになってくるのです。