| 三角関係 |
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ここは高樹メンタル・クリニックの近所にある「スナックなな」である。 私は仕事帰りにここに寄ることが多い。もちろん、ママのななが目的である。 ななママは年齢不詳だが、見た目では20台後半。女性としては長身で、 スリムだが、抜群のプロポーション。美貴がうちにくるまでは、文句なしで 「仲良くなりたい女性リスト」の No.1 だったのだが、今は、美貴と熾烈な 一位争いを繰り広げている。 一週間程前のことだ。仕事を終えた私がクリニックを出て「スナックなな」 に向おうとしたとき、美貴が 「センセ、真っ直ぐ帰るの?」 「いや、ちょっと寄っていこうかと・・・」 「どこどこ? 私もお供していい?」 そこで、つい「うん」と言って、美貴を「スナックなな」に連れていって しまったのが大失敗であった。美貴とななママが、私を取り合って大喧嘩、 というわけではない。それはそれでまずいかもしれないが、実態は全く逆。 ななママと美貴が意気投合して、大の仲良しになってしまったのだ。既に みきちゃん、ななちゃんと呼び合う関係だ。 これはまずい展開だ。どちらかを口説くと、もう一方に筒抜けになりかねない。 一兎も得ないうちに二兎を得る心配をしてどうするんだ、と言われれば その通りだが、取り敢えずまずいことには変わりない。 今日も今日とて、仕事が終わりもしないうちから、 「ねえセンセ、今日もななちゃんとこ行くんでしょ?」 と来たもんだ。「行くんでしょ?」と言っているが、これは「連れてって」 と同義語である。もし、私が行かないと言えば、美貴は一人でも行くに違いない。 ということで、今日も美貴と二人でカウンターに腰掛けて、水割りをかるく。 ななママはいつも上機嫌だ。 「ねえ聞いて聞いて、姫とじいの会話。『これじい、そこで何をしておる』 『は、自慰でございます』」 なんてことを言っては、美貴と二人で「ぎゃははは・・・」と笑い転げている。 「ねえセンセ、可笑しいでしょ?」 ななママのセリフである。ななママまで私をセンセと呼ぶようになってしまった。 もちろん美貴の影響だ。 「ん? ああ、面白いねぇ」 「何ようセンセ、暗いわよ。彼女に振られたの?」 「ななちゃん、センセの彼女知ってるの? 誰、どんな人?」 「彼女なんていないよ。ママ、いい加減なこと言うなよ」 「ほんと、ななちゃん?」 「さあ、どうかしら・・・」 「残念ながら、きっぱりといませんです」 「ふーん、じゃあ好きな人は?」 「そうだな、美貴も好きだし、ママも好きだよ」 かなり本気である。どっちかを選べというのは酷である。ここに美貴がいなければ、 そして、ななママと美貴がツーカーでなければ、「ママが好きに決まってる じゃないか?」などと言えるのだが、二人が目の前にいるんだから、 そうもいかない。 「センセ、ずる〜〜い!」 二人同時に言った。アルトの美貴とメゾ・ソプラノのななママのハーモニーだ。 ちょっとまずい展開かもしれない。 「嘘じゃないよ、二人とも大好きだよ」 「そんなの信じられな〜〜〜い」 またまたハーモニー。 「男は複数の女性を同時に愛することが出来るのさ」 いかんなぁ。ますます良くない展開だ。 「じゃあ、もし私とななちゃんが二人とも『今夜はずっと一緒にいたいの』 って言ったら、センセどうする?」 またこれだ。そうやっていつも男の純情を弄ぶんだよな。 「そんなことあるわけないだろ? それとも本当にそう思っているのか?」 「センセ、今夜はずっと一緒にいたいわ」 と美貴。お色気過剰な口調であるが、例によって本気とも冗談ともつかない。 「センセ、今夜はセンセとずぅーーーと一緒にいさせてぇ」 ななママも乗ってきてしまった。やや芝居がかった口調だが、お色気では美貴に 負けていない。 「いやー、もてる男はつらいなぁ」 なんとかうまく切り抜けられないかと考えながら、とりあえずどうでもいいことを 言って時間かせぎだ。 「ごまかさないで!」 またまた、ハーモニー。恐い。 「うーん、そうだな・・・ 二人とも大好きでどちらかを選ぶなんて出来ないから、 3Pでハッピー、というのはどうだ?」 我ながら情けないが、とっさに思いついたのはこんなくだらない駄洒落でしかない。 ちょっとだけ本気も入ってるが・・・ 一瞬の間のあと、カウンターの向うのななママからは右フックが、隣りの席の 美貴からは向う脛へのトーキックが同時に飛んできた。 よけられる訳がない。 当然の報いを受けた私は、左の頬と左脚の脛を押えてうずくまってしまった。 美貴もななママも本気で怒っているわけではないのだが、パンチとキックの 威力は本気にかなり近い。 「こんないけずなセンセはほっといて、今夜はふたりでいいことしましょ」 と美貴が言うと、ななママも悪のりして、 「そうね、女同士にしか分からない世界があるもの」 というと、美貴の唇にチュッとキス。 勝手にしやがれ! である。
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