不倫の一夜


「センセ、何見てるの!?」

いきなり話しかけられて、パソコンの前に座っていた私は、椅子から飛び上がる くらい驚いた。美貴は雑用で出掛けていたはずなのだが、いつのまに帰って きたのか・・・

インターネットのアダルト・ページを見ているところをみつかったくらいなら、 そう驚いたりはしない。

「い、いや、べべ、別に・・・」

私は Netscape Messenger のウィンドウをあわてて閉じた。

美貴の顔が険しい。怒っているようだ。もしかしたら、見られたのかもしれない。 だとしたら、かなりまずい。

「ふーーん、そう」

美貴はそれ以上追求することもなく、仕事に戻った。やはり、見られたような 気がする。

見られたというのは、朋子からのメールである。朋子は以前うちにいたナースで、 2 年程前に結婚退職している。今は栃木に住んでいるはずだ。 その朋子から突然メールが届いたのである。

朋子からのメールの内容はこんなものだった。

高樹先生、ご無沙汰しています。朋子です。

早いもので、私が結婚してから 2 年近くがたとうとしています。まだ子供は 授かっておりませんが、幸せな結婚生活を送っています。

でも、私はいけない妻でしょうか、最近は先生のことを思い出す毎日です。 夫のことは愛していますが、先生はそれとは別の世界にいるように思います。

今、夫は海外出張に出ていて、2 週間程帰ってきません。こんな時にこんなメール を書くなんて、と思ってしまいますが。どうも寂しくてなりません。

明日、東京でお友達と会うので、今夜は新宿のホテル○○に泊ることにしています。 出来れば今夜は先生と飲み明かしたい気分です。ご連絡をお待ちしています。 携帯電話の番号は 030-XXX-YYYY です。

朋子
PS. あの夜のことが忘れられません。

なんとも、嬉しいやら困ったやらである。朋子とは、退職以来結婚式で会った だけで、その後は電話すらなかったのだ。それが今になって突然、会いたい と言ってくるとは、女心は分からないものである。

大きな声では言えないが、私と朋子は一回だけ関係を持ったことがある。 朋子の結婚退職が決まり、二人だけの送別会を開いた夜のことだった。 メールにある「あの夜」とはその時のことに違いない。実を言うと、私も あの夜のことが忘れられないのだ。

私は婚約者がいる女性と寝た、最低な男ということになる。自分勝手な言い草だが、 あの時はお互いにお互いを求めていたのだと思う。決して私から一方的に誘った わけではない。

そんな事情もあって、結婚以来、お互いに何の連絡もとらなかったのだ。

私は迷っていた。朋子に会うか会わないかを。会えばおそらく、また関係を持つ ことになるだろう。夫のいる朋子と。

うーん、かっこつけてもしゃあない。私も男だ、やりたいに決まっている。 朋子も家庭を壊してまで私と会いたいわけではなく、夫の出張中のちょっとした お遊びだろう。私は女性からの誘いを無下に断るほど、人間が出来ていない。

ここんとこ、ちょっとご無沙汰だったし、美貴との中はいつも邪魔がはいるし、 ななママはガードが固いし、ま、ちょっとお遊びお遊び。単にやりたいだけ、 という説もあるが、なにせ朋子はかなり魅力的なのだ。その気にならない ほうがおかしい。

問題は美貴があのメールを見てしまったことだ。全文を読まれたわけでは ないだろうが、「あの夜のことが忘れられません」あたりは見られていそうだ。


診療時間が終わった。朋子には美貴の目を盗んで連絡済みである。新宿で 会うことにしてある。そわそわと後片付けをしている私に、美貴が近づいてきた。

「ねえセンセ、今晩空いてますぅ?」

「ん、なんで?」

ちょっと動揺。

「明日はお休みだし、今夜はセンセと二人で過ごしたいなぁ、って思って」

私が朋子に会いに行くことを知って、こんなこと言っているに違いない。

「いやぁ、ごめん。今日はちょっと人と会う約束があるんだ。折角のお誘いだけど、 またの機会にしようよ」

こわごわ美貴の顔色を窺う私。

「あらぁ、残念ねぇ。今日は私、いつもと違う気分だったのに・・・」

きっと嘘だ。嘘に違いない。でも本当なら、もったいない。

「ごめんごめん、またの機会に・・・」

「またの機会はいつになるか分からないわよ」

そう言うと、美貴はさっさと更衣室に消えてしまった。

ああ、かなりまずい展開だ。でも、ここまで来たら、もう後へは引けない。

美貴が着替を終えて、更衣室から出てきた。

「センセ、じゃあお先に失礼します」

やはり、つんつんしているように感じる。

「ああ、お疲れさま」

美貴はもう出口に向っていた。

「今夜は暇になっちゃったから、新宿あたりで、若いオトコでもナンパしよう かしら」

わざと私に聞こえるように言っている。「新宿」に力が入っている。

必要以上の力で、ドアをバタンと閉めて、美貴が出ていった。

私が落ち込んでいたのは、5 秒位だった。次の瞬間には、朋子の肢体を 思い描いてニヤニヤしている自分を自覚していた。

そしてその夜、私と朋子は不倫の一夜を過ごした。

美貴、ごめん。またの機会に、よろしく。

後で分かったことだが、その夜美貴は、「スナックなな」で看板まで飲んでいた ということだ。






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