| ラスト・キス |
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このお話は、前回の「ファースト・キス」の 続きになります。前回を読んでいらっしゃらない方は、それを読んでからどうぞ。 念のために言っておきますが、このお話は、実在の人物のハンドル名を登場人物に 使っていますが、内容は完全にフィクションです。フィクションでなければ いいのに、という部分もあるのですが、残念ながら「完全に」フィクションです。 その点、誤解なきようにお願いします。
私とかずは、夜の六本木を歩いていた。時計は午前 0 時を回っている。 かずの右腕は、私の左腕に絡まっている。誰が見てもカップルに見えるだろう。 私はれっきとした独身だし、かずも既婚には見えない。やや歳は離れているが、 さほど不自然ではないはずだ。 私はそんなどうでもいいことを考えていた。 他にもっと重要なことがあるにもかかわらず・・・ その日の夕方、私とかずは六本木の喫茶店で会った。昨日の約束通り。かずの 夫は出張で留守ということだった。 そこでかずは昔のようにチョコパフェを注文し、ポツリポツリと話し始めた。 精神科医の立場で言えば、かずは軽いノイローゼであった。ただしそれは、 ごく普通の人が誰でも持っている不安感や憂鬱から、大きくかけ離れたものでは なく、精神安定剤等の投与が必要とも思えず、むしろ、カウンセリングによって 治療すべきものであった。 しかし、私は「治療」という言葉を嫌悪していた。医師としてではなく、 別の立場でかずの役に立ちたいと思っていたのだ。どうにも自己矛盾して いるように思うのだが、偽らざる心境だ。 かずの悩みは夫との性生活にあった。新婚当初から、性交渉は月に 2 回 程度と、少なかったのだが、ここ半年位はさらに減って月に 1 回程度に なっているという。 かずは学生時代に夫と付き合いはじめ、夫以外の男性を知らない、と言った。 結婚前から性交渉はあったが、二人とも自宅から通っていたこともあってか、 その回数は決して多くなかったらしい。 最近になって、かずは夫に「何故求めてくれないのか?」と尋ねたところ、 夫は「あまり楽しくないから」と言ったという。 それでかずは、自分に女性としての魅力がないのでは、と悩んでいたのだ。 もちろん、私から見て、いや世の中のすべての男性から見ても、かずは 充分以上に魅力的である。中学生の頃から美少女であったが、その当時の 可愛らしさに、大人の女の色気も加わり、非の打ち所のない女性である。 私はかずにそう伝えたが、かずは納得しない。「いくら見た目で魅力的だと しても、セックスの場面ではそうとは限らない」と言う。たしかに一理ある ことだ。 10 年前に、私はかずのファースト・キスの相手になったわけだが、それは 愛というよりもあこがれだったのかもしれない。そして、私とかずはそれ 以上の関係になることもなかった。つまり、私はかずの言い分に反論出来ない のだ。 喫茶店を出た後、食事をして、ショットバーでグラスを傾ける頃になると、 酔いも手伝ってか、 「高樹先生が抱いてくれたら、そして満足してくれたら、私は自信を取り戻せるわ」 などど言い出した。酔っていたとはいえ、清水の舞台から飛び降りるような 覚悟で言ったことだろう。 私は Yes でも No でもない態度をとるしかなかった。何が私を止めているのかは わからない。医師としての自覚、ではないことは確かだが・・・ 何となく断りきれないまま、私たちはショットバーを出て、あてもなく歩き始めた。 かずは自然に腕を組んでくる。 かずは、私がホテルに向っていると思っているに違いない。 「楽しくないから」という夫の言葉が引っ掛かっていた。かずは言うまでもなく 魅力的だが、セックスは楽しくないと言うわけだ。何故、彼はそう思ったのか? 私たちは赤坂方面に向って歩いていた。人通りはない。 「かず」 「なに?」 「あの時のキスが、かずのファースト・キスだった、って言ってたよな?」 「そうよ、高樹先生がファースト・キスよ」 「そうか・・・、私は大切なことを教えていなかったかもしれない」 「???」 「キスの仕方だよ」 なおも怪訝な顔をするかずに向き合うと、私はかずの頤に人差指をあてて、 ちょっとだけ顔を上向かせた。かずは目を閉じる。 私はかずの肩を抱いて、そしてくちづけ・・・ 数秒後、私は私の考えが間違っていなかったことを確信した。 「かず、私とキスをするのは嫌かい?」 「そんなことないわ、私、高樹先生のこと好きだから」 「じゃあ、ご主人とキスするのは?」 「彼のことはもっと好きだから・・・、ごめんなさい」 「いいんだよ、それで。彼とキスすると幸せだろう?」 「うん」 「それなら、『私はあなたとキスできてしあわせよ!』ということを表現して ごらんよ」 「表現?」 「そう、表現するんだ。例えば、かずのほうから積極的に舌を絡ませたり、それが 恥かしいなら、彼のそういう行為にはきちんと応えたり、彼の背中に手を回して ギュッと抱きしめたり、なんでもいいんだよ。そうすると、男も楽しいし幸せ なんだ。何も反応がないと、自分のキスが喜ばれていないと思ってしまうよ」 「・・・・」 かずは黙っていたが、何か得心したようだった。私はもう一度、かずを抱き寄せた。 最初のキスとは比べ物にならない、情熱的なキスだった。かずは唇で、舌で、腕で、 声で、息遣いで「表現」し、私もそれに応えた。 「これで分かったかな? ご主人がセックスを求めない理由が」 私は唇を離すと言った。 「え? そういうことなの?」 かずは上気した顔で応じた。 「そう、きっとかずは、彼とセックス出来る幸せや、セックスの気持ち良さの表現が 不器用だったんだよ。だから、彼は『かずは俺とのセックスを喜んでくれない』と 思って、あまり楽しくなかったのじゃないかな?」 「うーん、そうかもしれないわ。私は恥かしがり屋だから、気持ち良くても、いく ときでも、出来るだけそれを隠していたから・・・」 「これからは、自分を素直に表現してごらん、愛し合っているんだから、恥かしがる ことなんかないよ。いや、恥かしいとしても、それも表現しなきゃね。今のキスみたい にね。最初のキスに比べて、かずは 100 倍魅力的だったよ」 かずはさらに真っ赤になったが、その顔には女としての自信が現れて来た ようだった。 「さあ、帰ろうか。もう、ホテルに行く必要はないだろ?」 私はかずの肩を抱いて、タクシーを探すべく大通りの方に向って歩いた。 「かず・・・」 「なあに?」 「私とかずのラスト・キスをしようか?」 かずはちょっと考えていたが、ラスト・キスの意味は通じたようだった。 もう一度、二人はどちらからともなく唇を合わせた。
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